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著者:ナタリア・マカロワ、編集:ゲナティ・スマコフ
訳:ケイコ・キーン
発行:新書館(1990/08)

既に絶版の本ですが古書店で入手しました。バリシニコフの本を書いた人でもある(3人ともソヴィエトから亡命し、亡命前から交流があったそう)スマコフが、マカロワの口述を録音し草案を書き、またそれを2人で校正していくという過程で出来上がった本とのこと。

亡命についても語られていますが、ヌレエフやバリシニコフの本にあったそれとは違い、かなりさらりとした調子で、しかもキーロフ時代の閉塞感もさほど強くは感じさせません。これは彼女の性格なんでしょうね。苦労した話やつらかった話をしなければならないときはサラっと触れるかジョークにしてしまう(オディールのフェッテが苦手だった、と話す時の彼女もそんな感じ)。

ですからこの本のほとんど全てはバレエに関する話。その点が私には非常に好もしかったです。ご主人についてさえほんの一言しか触れていないのですから、いかにバレエと自分の間柄について語られているかがおわかりいただけるかと。特に「ジゼル」と「白鳥の湖」については頻繁に出てくるので、役へのアプローチや自分の肉体を含めた特質の分析など理想へ近づくための強い信念を読むことで、彼女の白鳥やジゼルがよりクリアに見えてきます。本来、ダンサーの役作りに関する文章を読んでそれを理解するというのは間違いだと思いますが、全くわからなかったものを理解したというのではなく、言葉にできない感動を整理して目の前に示された、と言った方が正確かな。また、他のダンサー(キーロフ時代および西側に来てからのパートナーや、同僚たち、それに教師やディレクター、自分が踊ったカンパニーについても)に関する鋭い考察なども非常に興味深かったです。

その点で印象的だったのが、「私のロミオたち - ルディー、アントニー、ミーシャ」という文章でした。ヌレエフ、ダウエル、バリシニコフと踊ったマクミラン版「ロミオとジュリエット」で自分のパートナーがどんなであったか、それに瞬時に感化された自分のジュリエットがいかに恋を生きたか。それを文章だけでなく映像で見られたなら、どんなに素晴らしかったでしょう。

映像といえばキーロフ時代のエピソードとして、「白鳥の湖」を映画化する際に主役を踊るよう言われたが監督に我慢ならずに捨て台詞を吐いて降板したとか(笑)。周りがどんなに頼んでもなだめすかしても絶対にやらなかったそうです。結果、それはエレーナ・エフテーエワとジョン・マルコフスキーの映像として世に出たそうですが、、、マカロワのオデット/オディールも見たかったですよね。監督がどんなにばかげた演出(マカロワの弁)をしたとしても。

この本はマカロワの妊娠期間中に最終的な校正をし、本人には「まだ過去になってないから語れな」かった出産後の舞台復帰の時期や引退するつもりだったのに周囲がそうさせてくれなかったダンサーとしての最晩年の時期まで触れて終わっています。写真は全てモノクロですが、子どもの頃からキーロフ時代のもの、西側で踊ったいろいろなレパートリーのものなど、そこそこ多く収録されていました。