2006年7月8日マチネ Bunkamura オーチャードホール

クレジット

振付:ジャン=クリストフ・マイヨー/音楽:セルゲイ・プロコフィエフ/美術:エルネスト・ピニョン=エルネスト/衣装:ジェローム・カプラン/照明:ドミニク・ドゥリヨ

キャスト

仙女(シンデレラの亡き母):ベルニス・コピエテルス
父:クリス・ローラント
シンデレラ:オーレリア・シェフェール
王子:アシエ・ウリアゼレカ
継母:ジョイア・マサラ
2人の姉妹:アガリー・ヴァンダム/サマンタ・アレン
儀典長:ガエタン・モルロッティ/ジェローム・マルシャン
4人の友人:オリヴィエ・ルセア/ロドルフ・ルカス/ラモン・ゴメス・レイス/ジュリアン・バンシヨン
4人のマネキン:シリル・ブレアン/ジェローン・ヴェルブルジャン/エマニュエル・ピュオン・ブロシュ/エフゲニー・スレポフ
赤と黄色の異国美女:フランチェスカ・ドルチ/小池ミモザ/レアーヌ・コドリントン/レア・ペトルッツィ


感想

感想を書くのがすっかり遅くなってしまいました。私の弱いところを突いてくる作品で思わず涙してしまった一方で1幕は気持ちが入りきらなかったりと、この作品が私の中にどんなものを残したのか、それが掴みきれないまま時間だけが過ぎていってしまって。今でも何をどう残しておけばいいのかよくわからない状態ですが、とりあえず何かは残しておこうと思います。例によって思いつくままの文章で、時系列は全く無視しておりますがご容赦を。

モンテカルロ・バレエの「シンデレラ」は前々回の来日公演にも持って来た作品ですが、私は初見。配役表の一番上が「仙女(シンデレラの亡き母)」だったことからも分かる通り、確かにこれはただの夢物語ではない、喪失の痛みと肉親の愛情を中心に据えたストーリーになっていました。シンデレラと王子の愛と対比して、シンデレラの両親の愛が語られることに、マイヨーの上手さを再認識。

そして、私にとって、この作品のクリス・ローラント演じるシンデレラの父の物語でした。他の「シンデレラ」プロダクションでは添え物的な扱いでキャラクター付けもされていなかったり、あるいは登場もしない!シンデレラの父。マイヨーは彼にスポットを当てて、在りし日のシンデレラ母との幸せなパ・ド・ドゥ、妻が亡くなった哀しみと絶望、愛しい娘シンデレラに気をかけながらも後妻と連れ子に振り回される日々、そして仙女となった妻との再会と胸の奥にしまった彼女への愛の再確認、思わず邪見に扱ってしまった後妻との関係、シンデレラの幸せな結婚と共に去っていった妻との2度目の永久の別れ。それが、ぐんと増したローラントの表現力によって次から次へと目の前に差し出されるのです。いつしか私はローラントしか目に入らなくなっていて、彼に感情移入をしてしまったたけに最後はかなり泣けてしまいました。

コピエテルスは、最初の妻の幸せな時代のパ・ド・ドゥが強烈に美しかったです。最初に見せるあの思い出が美しくて幸せであればあるほど後の喪失がつらいわけで、その意味でも本当に見事でした。仙女になってからは彼女の強い面が強調されてサイボーグ的にも見えるほど。シンデレラが幸せになるように導く存在でありながら、母の愛情からというより、神のように人を操るかのような強さと存在感がありました。そんな仙女の状態で再会した夫とのパ・ド・ドゥは愛情は変わらずとも、もはや住む世界の違う2人という感じで、嬉しさ愛しさだけでなく物哀しさもあって何とも言えない気持ちにさせるのです。

妻が死んだ時に上からたくさんの金粉(というかスパンコールかな?)が死体に降り注ぐのですが、それによって彼女は仙女として生きるよう祝福されるのですね。その祝福を身にまとった仙女ですが、ラメっぷりがものすごかったです。パンフの写真ではコピエテルスは地毛を生かしたまとめ髪ですが、現在はショートヘアのためでしょうか、ゴールドのカツラをかぶっていました。

シンデレラ役のオーレリア・シェフェールは、周りのデコラティブな衣装やキャラクターの中で一人凛とした存在。美しい脚を持つダンサーでした。この版のシンデレラは、仙女の導きにより幸せになるという役所のせいでしょうか、マイヨーが描くキャラとしては能動的な強さを感じさせません。もちろん芯は強いのですけれど。私があまりにもシンデレラ父母に目を奪われてしまったせいで目に入らなかっただけかもしれませんが、シンデレラと王子にも「どっちを見たらいいのっ」と悲鳴をあげたくなるような強い訴求力がほしかったかも・・・。

シンデレラは何と言っても、レンズ豆の大きなボウルに足をつけたらキラキラとしたスパンコールが!という場面にびっくりでした。彼女だけが最初から最後まで素足で、かつ衣装もシンプルなまま(ラストのお嫁入りシーンは除く)。そこにシンデレラの控えめな美徳を表現したのかなー。お嫁入りのシーンで彼女と王子には(たぶん仙女からの)祝福の金粉が降り注ぎます。そのラメに守られた彼女たちは、きっと一生幸せに暮らしていくのでしょう。

王子役のアシエ・ウリアゼレカは再会を一番楽しみにしていたダンサー。前回のロメジュリで子犬のようなかわいい男の子だった彼が、すっかりしっかり自信に満ちた男性としてそこにいるのは不思議な感覚でした。いや、前回は私がロミオというフィルターで見たからこその子犬ちゃんだったのかもしれませんが。「友人たちとおもしろ可笑しくつるんではいるものの、自分の幸福はそこにはないと知っている青年」という王子のキャラクターがロミオにも通じて、尚更ロメジュリを思い出してキュンとしました。王子ではあるものの屈託のない青年というキャラは、彼にぴったり。時間と体力が許せば、もう1度、今度は彼にフォーカスしてこの作品を見たかった。

ロメジュリを思い出させたもう1つのことが「劇中人形劇」。舞踏会の留守番となってレンズ豆のボウルの前で眠りこけたシンデレラの前に仙女と儀典長が現れて「シンデレラ」の話を4人のマネキンを使ってみせるところ。このマネキンと儀典長たちの劇は最高でした。最後には子供は4人!なんてオチまであって笑わせてくれました。この儀典長の1人がガエタン・モルロッティだったのですが、グレーのマネキン風カツラをつけていたこともあって、最初は誰だかわからなかったくらい。

舞踏会の場面以降、女性の美のシンボルとして脚の美しさが、男性のシンボルとして股間(まんまだな〜・笑)が何度も強調される。王子の妻になるべく舞踏会におめかしして現れた女性たち(継母や連れ子を含む彼女たちは衣装とヘッドピースがとてもユニークで、それが下心の象徴だったのかも)はみな王子の股間を見つめるし、いい女はいないかと女性たちを物色する王子や友人たちも女たちの脚を見る。王子と友人たちがシンデレラを探して旅に出た時に出会った赤と黄色の異国美女たちにすら、脚を見て「違う!」という始末。しかしそれだけ強烈な印象を残したシンデレラの脚ですから、実際に彼女に会って脚を見ればすぐに誰だかわかります(確かにマイヨー版では「ガラスの靴」は登場しないので、ガラスの靴を見せて「私です」って訳にはいきませんしね)。パンフにあったマイヨーの解説によれば、「その時王子は初めて典礼を無視して『ひざまづく』」とあるのですが、残念ながらその部分は全く印象に残っていません(泣)。

この赤と黄色の異国美女たちの中に小池ミモザさんがいました。その前にも王子や友人たちと踊る茶系の衣装を着た女性3人の1人として踊っていましたが。ここのカンパニーは男女とも背が高く、でもってみんなすごく色香のある体なので、ホントに眼福。

美術エルネスト・ピニョン=エルネスト、衣装ジェローム・カプランという組み合わせは「ロミオとジュリエット」と同じ美術スタッフということで、装置的にもロメジュリを思い出させるものがありました。パネルの使い方やスロープ/階段は、ロミジュリや今回のシンデレラに限らず、ピニョン=エルネストの舞台装置に特徴的なものだとは思いますが、この階段がシンデレラの脚を強調する最高の舞台でした。パネルも、時に情景を投影するパネルとして、時にダンサーを退場させるための隠れ蓑として、印象的な使われかたをしていました。私の席は上手側のかなり端に近い席だったせいか、1度だけパネルを動かす裏方の人が見えてしまい興ざめ(泣)。

あとね、1幕で気持ちが入りきれなかったのは音楽のせいかなという気もします。2幕以降は全く気にならなかったのだけど、1幕では順序を入れ替えた音楽の使い方に違和感を感じてしまって。それに、例えば継母と姉たちのお召しかえから人形劇を経てシンデレラの変身までは少々中だるみというか、、、いや面白かったんですよ。面白かったんだけど、こちらに何も考えさせずに楽しませてくれる位のことを求めてしまっていたので。

しかし残念だったのはそれくらいで、後はしっかり堪能しました。最近ずっと同じ公演をキャスト別で複数回見ることが多くなっているので、時間と体力が許せばこれもあと1回位見たかったです。「夢」は見られなかったし、、、また2年後に来てくれるといいなと期待しています。