2007年3月23日新国立劇場 中劇場

クレジット

振付:ドミニク・ウォルシュ/音楽:クリストフ・ヴィリパルト・グルック/舞台装置:島次郎/衣装:ルイザ・スピナテッリ/照明:沢田祐二
編曲/指揮:デヴィッド・ガルフォース/演奏:東京フィルハーモニー管弦楽団

合唱指揮:三澤洋史/合唱:新国立劇場合唱団(ソプラノ:岩本麻里、佐藤泰子/アルト:四家緑、吉田理絵/テノール:東海林尚文、手島英/バス:川村章仁、小林幸紀)

キャスト

エウリディーチェ:湯川麻美子
オルフェオ:中村誠
アムール:丸尾孝子/グリゴリー・バリノフ/冨川祐樹
エウリディーチェ(歌手):安藤赴美子
オルフェオ(歌手):吉川健一
アムール(歌手):田上知穂
弔問客:さいとう美帆/西川貴子/西山裕子/楠本郁子/丸尾孝子/寺田亜沙子/市川透/陳秀介/マイレン・トレウバエフ/グリゴリー・バリノフ/井口裕之/末松大輔(交替出演)
エウリディーチェの幻影:真忠久美子/厚木三杏/遠藤睦子/神部ゆみ子/楠本郁子(交替出演)
精霊(プリンシパル):八幡顕光/楠本郁子/西川貴子
精霊(ソリスト):西山裕子/川村真樹/寺田亜沙子/市川透/陳秀介/グリゴリー・バリノフ/貝川鐵夫/冨川祐樹/マイレン・トレウバエフ(交替出演)
精霊:さいとう美帆/寺島まゆみ/千歳美香子/酒井麻子/堀口純/井口裕之/末松大輔/福田圭吾/泊陽平/アンダーシュ・ハンマル
極楽のヒロインたち:真忠久美子/遠藤睦子/さいとう美帆/西川貴子/西山裕子/川村真樹/神部ゆみ子/楠本郁子/丸尾孝子/寺田亜沙子(交替出演)/市川透/陳秀介/マイレン・トレウバエフ/グリゴリー・バリノフ/貝川鐡夫/井口裕之/小笠原一真/末松大輔/アンダーシュ・ハンマル


感想

音楽の能弁さが、昨日とは別物くらいよかった。何よりオルフェオの歌手の方。エウリディーチェの歌は昨日の方もよかったけど、今日の方はエモーショナルで私のツボでした。2幕の迷路のパ・ド・ドゥ(勝手に命名)での2人のやりとりを聴いているだけでも泣けてきましたから。オペラを見に行った人が「何言ってるかわからないけど、感動して泣けてきた」と言っていたことがありますが、ホントにそういう状況ってあり得るんだ、と。お腹の底の方からぐわわわーんと揺さぶられました。ブラヴォー。もちろん、アムール役の方もよかったですよ。バランスのとれたキャスティングでした。

そして湯川さんと中村さんの切ない愛のパ・ド・ドゥがそれに追い打ちをかけてくれました。湯川さんは姉さん女房の感じではあるけれど、何とも言えないひたむきな愛情を夫に注いでいてとても可愛い妻だったの。中村さんはところどころ、振付をエモーションまで持っていけてないところもあったものの(前日の山本さんは踊っている時はとてもエモーショナルだったので、比べちゃったかな)、その分、踊りの伸びやかさと美しさがオルフェオのまっすぐでピュアな愛情を表していて感動的でした。やっぱり踊りのラインが美しいということは、何ものにも代え難い財産ですね。それと、彼はドラマの動く部分の見せ方が非常にクリアで、とてもわかりやすかったです。

前日は「間延びするなー」と思っていた部分も、2日目はこちらも慣れてあまり気になりませんでした。歌が聴かせてくれたので、それもプラスに働いたのでしょう。1日目の感想では振付や演出について具体的なことは敢えて書かなかったので、今回はその辺も含めて書いてみます(長くなりますが...)。

幕があがると、歌手オルフェオが幕を持ち上げるようにして舞台の中央あたりに立っていました。それからゆっくりと舞台下手脇の歌手席へ移動。

舞台上手にしつらえられたベッドに腰掛けて、上半身裸でくわえ煙草のオルフェオが自分の原稿『夢の迷路』に没頭している。隣りで目覚めたエウリディーチェがオルフェオに戯れようとするが、オルフェオは取り合わない。外出の支度をする夫を手伝いつつ、自分の傍にいて欲しいエウリディーチェ。外出した夫が忘れた帽子を取りに家へ戻ると、エウリディーチェが急死していた。

1日目は感じなかったのですが、2日目の最初の場面を見た時に「あ、これも『マノン』ぽい?」と少し思いました。この原稿『夢の迷路』がこの作品のキーでもある訳なのですが、その原稿の内容をキーにするとパンフレットのあらすじを読まないと判らないんですよね。これは何か上手い改善点があるといいと思うのですが。

エウリディーチェは、舞台奥中央あたりに白の薄いカーテンの向こう側に設置されたバスタブに入って絶命するのですが、初日のオルフェオは絶命後に戻ってきて「何か変だぞ」とバスルームを見に行ってました。それが2日目以降はオルフェオが戻るタイミングが少し早くなって、戻って来た時にバスルームで崩れ落ちるエウリディーチェがシルエットで見える、と変わっていました。この方が判りやすいですね。

バスルームの向こうは、中世の回廊風のアーチ状の柱というか、そういう装置が入っていまして、センターブロックで見ると、その枠に切り取られたスペースにエウリディーチェのシルエットが浮かび上がってとても綺麗なのですが、少し横にずれた席で見ると、ちょうど柱の部分にシルエットが重なってしまって効果が薄れてしまっていました。ちょっと残念。

エウリディーチェの葬式。弔問客たちも嘆き哀しむが、オルフェオはエウリディーチェのことしか見えていない。エウリディーチェの亡骸が運び出され弔問客もいなくなると、家のあちこちにエウリディーチェの幻が見えるようになる。オルフェオはバスタブで自分の手首を切る。

棺の上に安置されたエウリディーチェの周りでオルフェオが嘆き哀しむダンスは、初日の山本さんが見事でした。中村さんはちょっとだけこなれてなかったかな。まだこの辺りは固かったのかもしれません。エウリディーチェの亡霊たちの踊りは、日を追うごとにどんどん輪郭がはっきりしてきました。特にエウリディーチェの絶命を表すモチーフ。

初日はこの手首を切る、というのもちょっとわかりにくかったんですよね。2日目以降は(何かかわったのか、それとも自分の理解力が増したのかわかりませんが)その点もクリアでした。

神の憐れみによって、アムールがオルフェオを救う。アムールはオルフェオに黄泉の国の精霊たちの試練に耐え、三途の川を渡るまではエウリディーチェを見てはいけないと伝える。アムールはオルフェオを意識のない深い眠りの中に残して立ち去る。

今回一番わかりにくかったのがアムールの位置づけだったように思います。その振付で何を伝えたいのかがさっぱり汲み取れませんでした。ダンサーの問題ではないような。もしかしたら、これからオルフォオが直面する事を告げていたのかもしれませんが、よくわからなかった。最後に、男性2人にリフトされた女性アムールがマイムで「忘れちゃダメよ」と告げたのが印象的。今回の作品はコンテというよりはしっかりクラシックの要素を生かしたもので、ここだけでなく、全体にマイムが多用されていました。で、その「忘れちゃダメよ」のマイムは、さすがに丸尾孝子さんより湯川麻美子さんの方が上手かったな。

2日目のアムールの一人、バリノフくんの水色ボディタイツ姿は艶かしさと清涼感とがあって、他のアムール男性陣とは一線を画した存在感がありました。それがアムールとして正しいかどうかはよくわからないんだけど、個性が溢れでているのは好ましかったです。カーテンコールで登場した時も美しくて「ああ、彼の薔薇の精が見たい〜」と思ってしまいましたよ。もっと踊るところが見たかった。

彼らの家はハデス(黄泉の国)への入り口に変貌し、精霊たちがオルフェオを怖がらせ、エリュシオン(英雄・善人が死後に住む楽園)までの通り抜けを拒絶する。エリュシオンへと向うエウリディーチェを見たオルフェオは精霊たちに嘆願し、精霊たちはついに通行の許可を与える。オルフェオはゆっくりと歩き始める。

アムールが舞台袖に去った瞬間、オルフェオが眠るベッドの下から精霊の男性プリンシパルが顔を出します。初日は吉本さん、2日目は八幡さん。少し爬虫類系入ってました(ヘアメイクに)。舞台の前側に、上方から照明機材がするすると下がってきて、その通路にも精霊役のダンサーが10人くらい?いました。奥舞台まで使って、一番奥にオレンジ色に燃える劫火??精霊の女性たちはポワントでした。西川さんの突き刺すようなポワントワークがよかったなー。「精霊の踊り」の曲が最初のインスピレーションだったとウォルシュの言葉がパンフに出ていましたが、確かにこの場面は印象的でした。

これが1幕の最後で、エリュシオンに向って(観客に背を向けて、舞台奥へと)歩いていくオルフェオ...で幕が降ります。が、音楽が終わっても、しばらく幕は降りずにオルフェオの後ろ姿を見送らせる...余韻を残す演出がちょっとユニークでした。

オルフェオはエリュシオンの園にと入り、その美しさに驚く。エウリディーチェが男女の英雄たちに先導され登場する。英雄たちによってオルフェオとエウリディーチェは手をつなぎ、そしてオルフェオはエウリディーチェの顔を見ないようにエリュシオンを出て行く。

幕があがると、天井の高ーいところまでスモークがたきこめられていました。薄いブルーと、上の方からイエローグリーンのライトがあたって何とも言えない美しさ。極楽のヒーロー/ヒロインという役名はちょっと??ですが(笑)、彼らはペールブルーのボディタイツで登場。最初は女性だけで、あとから男性も登場。真ん中で踊る西山裕子さんに見惚れました。西山さんと一緒に踊っていたのは小笠原一真さんでしょうか?プロポーションに恵まれたダンサーだなーと感心しました。

舞台に見とれていると、背後からオルフェオ歌手の声。そう、1幕で奥舞台へと歩いていったオルフェオが、今度は1階客席後方から登場です。下手側通路が歌手、上手側がダンサー。オケピの脇の通路を通って舞台へと上がっていくのですが、その間、オルフェオ役のダンサーはエリュシオンの美しさにただ我を忘れている感じ。これは山本さんも中村さんもそうだった。そこでエウリディーチェに会えるのだ、という高揚感みたいなのがなかったです。そういう演出なのかもしれませんが、ちょっと物足りなかった。

オルフェオがエリュシオンの美しさに見とれていると、エウリディーチェが極楽ヒーローズに連れてこられます。思わずふり返りそうになる白オルフェオ(ダンサー)に片手で目隠しをする黒オルフェオ(歌手)。極楽ヒーローズによるエウリディーチェ集団リフトの後、幸せそうなソロ。はなさんは、このソロの脚の見せ方が上手かった。湯川さんは「幸せそうな存在感」がすごくよかった。

この場面のエウリディーチェの幸福さは、エリュシオンという極楽にいるからなのか、オルフェオと再会できるからなのか、どっちとも解釈できる感じがしました。顔を見てくれないオルフェオに不信感を覚えるくらい、確かにオルフェオのエウリディーチェの愛情はどうもしっくりこないんですよね。思うに、エウリディーチェの愛情はたっぷり描かれているけど、オルフェオがエウリディーチェを追って極楽まで迎えにくるだけの愛の深さとか喪失の痛みってものが、伝わりにくかったような。

その後に極楽ヒーロー/ヒロインズの群舞があるのですが、この時下手前にいた真忠さんは本当に素晴らしかったです。柔らかい踊り、よくひらいた上半身、脚のラインの美しさ...すべてがエリュシオンにふさわしい存在でした。

オルフェオとエウリディーチェがとうとう手を取り合う、というこの場の最後は、初日の山本さんが「がしっ」とはなさんの手を取るのがツボでした。「連れて帰るぞ」という意志が見えた。

エウリディーチェを連れたオルフェオがくらい迷路を進む。エウリディーチェはオルフェオが自分を見もせずただ先を歩いていくので不安になる。オルフェオのよそよそしさを非難するが、オルフェオはその理由を説明することができない。彼女の疑いを晴らすこともできないことが耐えられず、ついに妻の顔を見て愛を表明してしまう。エウリディーチェはもう1度死んでしまい、オルフェオは嘆き哀しみ、自殺を決意する。

照明で床の上につくられた迷路をオルフェオとエウリディーチェが踊ったりリフトしたりで歩んでいくのですが、それを上から撮って背景に投影しているのが秀逸でした。この長いパ・ド・ドゥが何と言っても一番のハイライト。ダンスとして完成されていたのは初日ペア。顔を見ないようにするポーズが全てバッチリ決まっていました。中村さんは、そこがちょっと惜しかったかな。でも、役を生きていたのは湯川さんと中村さんのペアでした。前述の通り歌手の方もすばらしかったので、この場面は本当に感動的でした。可愛らしい妻がヒリつく愛情を投げかけるのに、それにこたえてくれない(られない)夫。ユニゾンで踊るところがぴったり合っていたのもよかったし、何より中村さんは、「あ、今エウリディーチェの顔を見たんだ」とはっきりわかった。すごく見せ方が上手かったです。

アムールが再び現れて、エウリディーチェがもう1度復活する。オルフェオはエウリディーチェに抱かれるが、まだ苦しい記憶から逃れられない。しかし2人は幸せにベッドへと誘いあう。

歌手も舞台中央へ。アムールも登場。歌詞がわからないせいか、あまりに唐突にエウリディーチェが復活するのに苦笑。

目を醒ますと隣りにいたハズのエウリディーチェがいないことに愕然とするオルフェオ。必死に探しまわるが彼女はいない。自分が書いた原稿が目に留まる。これは夢なのか、それとも...原稿を床にぶちまけると、その音に驚いた妻がバスルームのカーテンを開けてこちらを見る。

最後の最後にまたオルフェオにハードなダンスシーン。初日の山本さんは鬼気迫る感じでしたが、中村さんは若い分少し余裕があったかな。踊りが綺麗だからね。

驚いた妻がバスルームから顔を出す、のはおまけですが、悪くないエンディングだと思いました。どの部分が幻想でどの部分が現実かの解釈は観客にゆだねられている訳ですが、その手渡し方がユニークかな、と。はなさんは、シャッとカーテンをあけたあと、そのカーテンで自分の胸元を隠したのが効果的。湯川さんはシャッとカーテンを開けてオルフェオを見つめるだけでしたが、彼女のエウリディーチェにはその無防備さが似合っていたと思います。


歌手が違うと全然違う舞台になるんだ、というのが一番大きな感想ですね。ダンスが身体に入っていたのは酒井/山本組でしたが、物語をうまく見せていたのは今日のペア。この2組を見て思ったのは、ウォルシュの振付というのは振りつけられたものを踊るだけで腕や脚が感情を表すわけではないのだな、ということ。振付自体はクラシックの手法で振り付けられているので、私のようなクラシック・バレエ好きにも取っ付きやすかったです。