2008年1月6日 東京文化会館

クレジット

音楽:グレン・ビュアー/振付:デヴィッド・ビントリー/装置・衣裳:フィリップ・プロウズ/照明:マーク・ジョナサン

指揮:バリー・ワーズワース/演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

キャスト

ベル:佐久間奈緒
野獣:イアン・マッケイ
ベルの父親(商人):デヴィッド・モース
ベルの姉 フィエール:ヴィクトリア・マール
ベルの姉 ヴァニテ:シルヴィア・ヒメネス
ムッシュー・コション:ドミニク・アントヌッチ
ワイルド・ガール:アンブラ・ヴァッロ
雌狐:平田桃子
カラス:山本康介
木こり:ジョナサン・ペイン
差し押さえ執行官:ジェームズ・グランディ
収税吏:ジョナサン・ペイン
祖母:マリオン・テイト
狩人、鳥、城の獣たち、結婚式の招待客:英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団


感想

当初ベル役を踊る予定だったエリシャ・ウィリスが足の怪我のために降板し、代役を佐久間奈緒さんがつとめた舞台。佐久間さんは3日連続でベル役を踊られた訳で、本当にお疲れさまでした。

とても面白かったです。先人たちに敬意を表したかのように英国バレエのエッセンスがたっぷりちりばめられた物語バレエ。くすくす笑ってしまうような場面あり、息を呑んで見つめてしまうようなダイナミックな踊りあり。何よりも野獣の細やかな感情の起伏がリアルに表現されているところが素晴らしい。またしてもビントレーの才気に感心し、更に好きになって帰途につきました。

ただ、思うにこのお話は、ほとんど主人公の2人の感情だけが語るべき事で、だからその感情が動き始めるまでは"薄い"と感じるところもあり。2人が出会ってからは加速度的にドラマティックになるので、尚更1幕の"動かない"感が惜しいような。物語の状況説明的なシーンだから仕方のない事なんですけどね。

私はカラスと鳥たちの場面で少し飽きてしまいました。鳥たちがベルを野獣の城へと運んでいく踊りはすごく面白かったのですが、そこまでの部分がね。1階の真ん中あたりで見ていて照明が暗いと感じていたから、余計に集中できなかったのかもしれません。私の隣りの人なんて、もう1幕の最後の方までずーっと欠伸が止まらないんですよ。それが伝染したような気もするんだけど、結局隣りの人に影響されちゃうくらい私も集中していなかったらしい。

照明はね、すごく凝っていたと思います。スモークも芸術的だったと思う。1幕の嵐の場面や靄の中に建つ野獣の城の不気味さがよく出ていました。ただ、その雰囲気たっぷりな暗さが細部まで分からないところに繋がったので、あと少しだけ明るく調整してくれてもよかったかな、と。


佐久間奈緒さんは初めて見ました。ものすごくプロポーションに恵まれているという訳ではないと思いますが、大きな存在感と豊かな感情表現があって、踊りもとても確実な人という印象を受けました。ポーズの1つ1つがとても綺麗だし、ベルの野獣に対する感情の変化が手に取るように分かるのがすごい、と思いました。

佐久間さんのベルには最後まで「お父さんの大切な末娘」的なあどけなさというか清潔感と言ったらいいかな、そういう娘っぽさがありました。この辺、他のダンサーが踊ったらどうだったのか、ぜひ見てみたかったですが...。ベルという女性は愛する家族の元を離れて野獣の城で住まう訳ですが、父親想いの心優しい娘で欲がなく心も外見も美しい、いかにもおとぎ話のヒロイン。佐久間さんはそんなおとぎ話のヒロインをこれ以上ない程に好演していたけれど、私はヒネた大人なのでこういうキャラクターに感情移入しては見られません(笑)。おとぎ話だからそれでいいとも言えるけれど、ベルの内面の成長をあと1歩踏み込んで描いてくれたら、更に面白くなったんじゃないかな、とも。

そういう意味でこれは私にとって、野獣の物語でした。私自身がイアン・マッケイばかり見ていたせいもあると思いますが(笑)、最初の美しいけれど残忍な王子から、その内面にふさわしい姿=野獣になり、愛を知り、絶望を知り、最後に美しい姿にふさわしい心と愛とを得る。振付や演出の力もあると思いますが、その時々の感情が私の心を捉えて離しませんでした。

冒頭の狩りのシーンに登場するイアン・マッケイは、美しいお顔で荒んだ表情をしていて、決して舞台に近い席ではなかったのにドキっとしました。内面の激しさをぶつけるように激しく踊り、狩りで雌狐を容赦なく捉えようとする。自分の感情をコントロールできずに衝動で行動してしまう姿は、確かに野獣的。でも、その激しい内面をコントロールできない本人もつらいんだよね、と思った瞬間に、この話は野獣の物語に。

ベルと野獣の感情が行き来する場面が、とにかく素晴らしく、胸を打ちました。
1幕最後にベルが野獣の城で彼と出会った時。彼はベルの美しさ 純粋さに捉えられ、それに引き換え自分は、、、と自分の姿に絶望し、思わず後ずさって身を隠してしまう。それでも心を通わせたいという望みが彼にベルの手を取らせるんですね。椅子に座るベルの足もとに寄り添った野獣の頭を、ベルがそっと撫でるところでもう涙腺が。

2幕で幸せそうに一緒に踊っていたのに、求婚すると相手に逃げられてしまう野獣のやるせなく激しい悲しみの踊りにも、衰弱しながらも魔法の鏡でベルの様子を一心に覗き込む姿も痛々しくて泣きたくなりました。心の痛みと苦しみを知った野獣がワイルドガールと踊るパ・ド・ドゥも素晴らしかったです。ワイルドガールを踊ったアンブラ・ヴァッロ、東京では全幕主役を見るチャンスがないのが本当に残念。

上手いなーと思ったのは、野獣から人間の姿に戻った王子を前に、ベルが「彼はどこ?」と探しまわるところ。そんなベルを前に「僕だよ」と笑いながら伝えるのだけど、彼女は何度も何度も、野獣を探す。初めて出会った時と同じように「私の心はココにあるよ」と彼女の手を自分の胸にあてて伝えると、彼女にもようやくそれがわかる、というハッピーエンド。素敵でした。

野獣のボディスーツを脱いだマッケイくんは全身汗だくになっていましたが、それでもやっぱり麗しい。あのまっすぐでほっそりした脚。最後に少ししか見られなかったけど眼福でした。コッペリアも楽しみ。


2人の周囲に配された個性的なキャラもよかったです。プリンシパルのアントヌッチにムッシュー・コションを踊らせるか!(笑)。背が高くてブタ鼻で、最後には豚さん、だもんね。楽しそうだったけど。同じくプリンシパルのアンブラ・ヴァッロが演じたワイルド・ガールは第3の主役と言っていい存在感。物語の最初と最後に出てくる木こりが遣わした物語のガイド役でもあり、時に優しくベルを慰め、野獣を心から心配する。狐というよりはネコ科の敏捷な身のこなしが印象的でした。

ダンスリーダー的存在のカラス役は山本康介さん。お顔は最後まで見られませんでしたが、キレのある踊りで物語にメリハリをつけてくれました。雌狐役の平田桃子さんもお顔は隠れていたけど、こうして日本人が活躍しているのを見るのは嬉しいですね。
そして何と言ってもおばあちゃん!最高でした。マリオン・テイトや、お父さん役のデヴィッド・モースのような経験豊かなシニア・キャラクテールがいるのはいいですよねー。

あとはやっぱり美術。暗くてよく見えなかったのが本当に残念でしたが、装置を幾重にも折り畳んで行くような重厚な森とお城(と書庫など)の装置は素晴らしかった。魔法のかけられたお城だけに、事前に私が期待していたフィリップ・プロウズの豪華で重厚な色遣いはそこにはなかったけれど、ディテールまでこだわった素晴らしいものだったと思います。その森の手前にするすると降りてくるベルの自宅を表す暖簾状の壁、というアイディアも面白かったです。

ベルの自宅に飾られた鳥の剥製が動き出したり、野獣の城では椅子が勝手に動き回ったり(そしてお父さんを抱きしめた!)自動にお酒が注がれたり、そういうギミックも(でも、これも暗くて分かりにくかったんだよねぇ)。

2幕の野獣たちの舞踏会がゴールドを使ったそれぞれディテールが少しずつ違う衣装で、人間の結婚式がこざっぱりしたパステルトーンの衣装、というメリハリも面白く。2幕のベルの衣装は、野獣世界のゴールドと人間世界の白とを組み合わせた衣装。スカートのディテールや肩のラインストーンの配置も凝っていて素敵でした。

動物役のダンサーたちがみんな、お腹のあたりがぽってりとしてるのも妙にリアル。久しぶりの日本公演なのにお顔が最後まで見えない人が多すぎて少々もったいない気もしたけれど(これ1演目だったらがっかりすると思う)、コッペリアでその分もアピールしてくれたら嬉しいな。


イロイロ書きましたが、まるでおとぎ話の絵本をそっと閉じるようなエンディングに、全てはこれでよかったのだ、という気にさせられました。素敵なお話だったな、と。

指揮はワーズワースさん。東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の演奏は(演奏する機会のない音楽という事もあり)とても気合いが入っていたのでは?オケピのワーズワースさんの事は全然見ていませんでしたが、演奏後に奏者たちを長い事讃えていらしたので好演だったのではないでしょうか。ミスで舞台から注意を逸らす事もありませんでした。

カーテンコールでは、佐久間さんが下手からワーズワースさんを呼び、その後でマッケイくんが上手からビントレーと、作曲者のグレン・ビュアーを連れてきました。たっぷり、拍手させていただきましたー。素敵な公演をありがとう。

最後にもう1つだけ。今回、パンフレットがとても充実しています。日本公演に参加している全団員と、バレエスタッフ/芸術スタッフが写真つきで紹介されているのが素晴らしい!読み物もたっぷりあるし、イアン・マッケイくんのゴルフハンディが12であることまで分かるなんて素敵だわ。