バランシン伝 (CLASSICS ON DANCE)

発行:新書館 (1993/09)
商品の寸法:20 x 14.8 x 3.4 cm

目次

  • 第1章 スタジオに棲む振付家
  • 第2章 ロシアでの子供時代
  • 第3章 猿—舞踊学校生徒
  • 第4章 初めての振付
  • 第5章 ディアギレフのバレエ・マスター
  • 第6章 「アポロ」と「放蕩息子」
  • 第7章 根無し草の日々
  • 第8章 だが、まずは学校だ
  • 第9章 ブロードウェイとハリウッドでの成功
  • 第10章 新たなる出発
  • 第11章 神が創造し、女が霊感を吹き込み、男が組み立てる
  • 第12章 カム・バック、カム・バック、カム・バック
  • 第13章 本質は、伝統にあり
  • 第14章 大切なのは、今だ
  • 第15章 七十歳を迎えて
  • 第16章 革新への意欲
  • 第17章 最後の年

感想

ずっと読みたかったけれど6Kという価格がネックで購入を躊躇っていました。結局、他のバレエ関連書籍と一緒にエイヤっとまとめ買い。でも、その時買った数冊の本の中で一番面白かった本でした。もっと早く買えば良かったともちょっぴり後悔しつつ、バランシンが生きた時代とその時代に生きた人々について多少は知識がついてきた今だからこそ更に楽しめたのかな、とも思います。

まず何と言っても文章が読みやすい。スイスイ読み進められるし、するすると頭に入ります。バーナード・テイパーの原文も明快なんでしょうけど、翻訳された(長野由紀さん)文章の日本語としての完成度も高いのだと思います。とても分厚いハードカバーですが、読む事自体は全く苦痛にならず、ページをめくる手が止まりませんでした。


著者であるバーナード・テイパーとバランシンとの付き合いはバランシンの生存中ずっと続いたようですが、伝記の内容についてバランシンから著者への指示や希望は一切なく、「これは君が書く本であって僕のじゃない」と言って出版前に目を通す事すらなかったとか。

この本を読み終わった後ならば、バランシンならそう言うに違いないと思えるでしょう。でも、自分の伝記の内容について「君の本だから」と口を挟まずにいられる人がどれだけいるかしら。しかも彼は20世紀のバレエで最も重要な振付家の1人です。女性の美を崇め、結婚と離婚を繰り返し、アメリカにバレエの花を咲かせたグルジア人。私はこの類いまれな資質を持つ男性にとても興味をひかれました。

この中で浮き彫りにされるバランシンという人は、全てにおいて洗練された趣味の人であり、才気とエネルギーに溢れているが、心のドアの内側には誰も入れない。仕事に関しては芸術家というよりは職人そのもので、与えられた環境の中で最大限の努力でもって必要とされる結果を得る事を身上とした人。周囲に振り回される事なく、自分がすべき事だけにフォーカスできる驚異的な集中力と辛抱強さも持ち合わせている...などなど。本格的に音楽を勉強したバックグラウンドを持つバランシンの音楽性や振付の才能以上に、この資質と性格こそがアメリカという新しい大地にバレエを根付かせたのではないでしょうか。

現在その作品がバランシン財団によって厳格に管理している現状しか知らない私にとって意外だったのは、生前のバランシンに期待されていたのがシーズン毎に多くの新作を発表する事で(この点でディアギレフの興行主としてのやり方に大きな影響を受けているそう)、1度発表されたものが再演される機会はそう多くなかったという事。そして旧作を再演する時も何かしら手を入れる事が多かったようですね。その時の状況が求めるもの、或いはあるダンサーの苦手なステップを克服させたり、観客に与えるイメージを覆させるような作品を与える製作方法だったから、別の機会、別のダンサーで上演するのであれば、手を入れるのがバランシンにとっては当然の事だったのでしょう。

グルジアでの少年時代から、キーロフ時代、亡命、バレエ・リュス、、、アメリカに渡ってから亡くなるまで、と彼の人生の出来事は網羅してあると思われます。全体の密度の濃さから比較すると女性関係は割とあっさりめの記述でワイドショー的な興味は満たされるとは言えませんが(笑)、ストラヴィンスキーとの父子のような関係、バレエ・リュス時代のプロコフィエフとの印象的なエピソード、何気にバランシンの人生に影響を与えたかもしれないセルジュ・リファール、バランシンが体調をくずした時期にNYCBに移籍したバリシニコフの話、そしてダンサーたちにとって絶対的父性(本人は”僕はダンサーたちのお母さんだ”と言ったそうですが)としての存在感。作品制作のエピソードも多々盛り込んでありますから、バレエファンならば本の厚さにもかかわらずグイグイ読めると思います。

バランシン自身は手紙やメモの類いはほとんど書かない人だったそうで、本の中にはこんなエピソードも。他の伝記作家は対象の人がつけていた詳細なメモや手紙などを元に楽々と書き上げているようなのに、バランシンにはそういった資料がほとんどない。筆者がそれをバランシンに嘆くと、『競走馬の伝記を書くと思えばいいじゃないか、競走馬は日記なんかつけないんだから』とバランシンに言われたそうです。彼のユーモアとたとえ話好きがとてもよく表れていて笑ってしまいました。