2008年6月29日 新国立劇場オペラパレス

クレジット

振付:マリウス・プティパ、レフ・イワーノフ/作曲:ピョートル・チャイコフスキー/改訂振付・演出:牧阿佐美(コンスタンチン・セルゲーエフ版による)/台本:ウラジーミル・ベギチェフ、ワシリー・ゲリツェル/舞台装置・衣装:ピーター・カザレット/照明:沢田祐二
指揮:エルマノ・フローリオ/演奏:東京フィルハーモニー交響楽団

キャスト

オデット/オディール:酒井はな
ジークフリード王子:山本隆之
ロートバルト:冨川祐樹
王妃:坂西麻美
道化:吉本泰久
家庭教師:ゲンナーディ・イリイン
王子の友人:さいとう美帆/小野絢子/江本拓
小さい4羽の白鳥:さいとう美帆/本島美和/寺島まゆみ/小野絢子
大きい4羽の白鳥:厚木三杏/西川貴子/丸尾孝子/堀口純
式典長:内藤博
花嫁候補:厚木三杏/真忠久美子/寺島まゆみ/寺田亜沙子/堀口純/金田洋子
スペインの踊り:西川貴子/湯川麻美子/マイレン・トレウバエフ/中村誠
ナポリの踊り:井倉真未/伊東真央/八幡顕光
ルースカヤ:丸尾孝子
ハンガリーの踊り:遠藤睦子/古川和則
マズルカ:神部ゆみ子/千歳美香子/堀岡美香/北原亜希/陳秀介/澤田展生/高木裕次/田中俊太朗
2羽の白鳥:厚木三杏/堀口純
大きい4羽の白鳥:西川貴子/本島美和/寺島まゆみ/丸尾孝子


感想

今シーズンの締めくくりでもある最終日。「ラ・バヤデール」を足の治療の為に降板した山本隆之さんが復帰するのを楽しみに劇場に向いました。山本さんも含めカンパニーのみなさんとも最終日を飾るにふさわしい大熱演で、非常に楽しませてもらいました。今回3回見た中では、今日が一番ワクワクしながら見たと思う。

はなさんも山本さんももちろん素敵でした。吉本さんの最終日スペシャル(かも?)も忘れ難い。でも、今日の1番を、私はロートバルト役の冨川祐樹さんに差し上げたいと思います。今回私が見た3日間の中で、彼が一番「悪」の押し出しが強く、敵役として場に君臨していました。

例えば3幕のディヴェルティスマンの間、玉座に座るロートバルトは意外に存在感のないものです(そういう演出なのでしょうけど)。近くで見れば気付く事も多いかもしれませんが、今の衣装では少し離れると顔の表情が見えないし、遠くから見ると気を抜いて座っているように見えるケースもあるわけです。しかし冨川さんは座っている時も「悪」だった。踊りを邪魔するような芝居をする訳ではありませんが、不遜な態度で下々を見下す感じが姿勢に表れていて見事!と唸りました。

4幕のクライマックスの対決シーンも、ロートバルトのオデットへの執着や、魔力の全てを振り絞って2人を滅ぼしてしまおうという目に見えない圧力のようなものがヒシヒシと感じられて、とても見応えがありました。素晴らしいロートバルトをありがとう!

また、フロリオさんとオケのみなさんにも惜しみない拍手を。今回の演奏はとても厚みがあり、ダンサーの踊りに寄り添い、時にリードする暖かいものでした。アダージオ部の歌い上げがそれぞれのオデットたちの集中力を高め、詩情を更に豊かにしてくれた気がしてなりません。私、基本的にフロリオさん好きなのですが(客席に笑顔で応えるところと、カーテンコールで後ろにトトトトっと下がるステップが・笑)、次の「白鳥」も振って下さるといいなー。


はなさんは言うまでもなく鉄壁でした。プロローグの"王女芝居"も説得力があったし、2幕の白鳥も凛とした佇まい。強さの中にも女性らしい心の柔らかさも感じさせる、成熟したオデットだったと思います。だんだんと、色々なものが削ぎ落とされてシンプルな白鳥になってきているのかなぁ。大きな表現をしなくても、その視線と腕や脚の動きで全てが伝わってきました(余談ですが、今回はあまり目力を強調しすぎないメイクで、それもよかったと思います)。

一転して3幕の華やかな事!登場してから数小節の間に、王子に何度魅惑的な視線を投げたでしょう。あっという間にその魅力に絡めとられた王子が彼女を追って走り去る時には、私もすっかりはなさんのオディールの虜。グラン・パ・ド・ドゥでも花嫁候補たちを威圧しつつ、ひたすら華やかでラインも美しく、決めるところは決める。観客の視線と心が渦を巻いてはなさんへと注ぎ込まれるのが見えるようです。グランフェッテにも最後までダブルを取り混ぜ「魅せる」事を忘れない。彼女ほど観客と会話しながら踊れるダンサーは日本人には見当たらない気がします。

1幕の山本ジークフリートは、とても健全な感じ。王族として以前に人として好もしい人物像というか。家庭教師(イリインさん)や道化(吉本さん)との信頼関係が目に見えるようでとても微笑ましかったし(同じキャストで何度も再演しているからこそ!)、自分の誕生日を祝う為に集まった人たちと楽しく時を過ごしつつ、王子として人々をねぎらう事も忘れない。その地位に居心地の悪さを感じさせない健全さ、と言ったらいいかな。

それだけに、国の為に会った事もない姫君たちから結婚相手を選ぶ事に違和感があった、のかもしれませんね。1幕最後のソロは、サスガにちょっと固かったかも。超安全運転で踊っていたと思うし、負担のかからないような振付に変えたところも、もしかしたらあったかな(記憶違いだったらごめんなさい)。そのかわり、形の1つ1つにはかなり気を遣っていて、終始トゥールの着地が綺麗だったのが印象に残っています。しかし2幕以降は調子も上がっていましたし、サポートはいつも通り完璧。

それに3幕でのオディールを伴侶にと顔を紅潮させ歓喜に震える王子の姿は忘れられません!それだけにその後の落胆と後悔は激しいのですね。この人の「伝わる演技」にも毎回感心します〜。1幕から健全でそこそこ成熟した人物として存在した王子だけに、「王子の内的成長」という私がいつも「白鳥」から読み取る物語ではなかったけれど、私もそろそろこの固定観念から抜け出すべきなのでしょう。とても誠実で芯の揺るがない王子は好ましかったです。


4幕の酒井オデットの嘆きはザハロワの時に近い感じ。全身で悲しみと苦悩を表現していました。白鳥たちもそれにシンクロ。しかし、はなさんのオデットは、王子が深い後悔と罪の意識で王子が駆け込んできた時には、彼を大きな愛で包み込んで癒そうとしているようでした。はなさんの4幕は本当に成熟していました。感涙。

最初に書いた通り、この4幕での冨川ロートバルトが本当に素晴らしかったのですが(いくらでも強調したい!)、それに対峙するオデットと王子も見事でした。振付的に「オデットがロートバルトをやっつけました」と見える版なのに、ちゃんと2人の愛がロートバルトを滅ぼしていたのです。王子、オデット、ロートバルトがそれぞれに死力を尽くした結果のハッピーエンドとして、非常に見応えのある対決シーンでした。これ、記録映像でいいから残して欲しかった!


それと、忘れてならないのが吉本泰久さんの道化です。たぶん最終日スペシャルだと思うのですが、1幕のグラン・ピルエットでは回転時に片手を腰でもう片方をアンオー(大喝采!)のサービス。トロワのさいとうさんを追って袖へ消える時のジャンプもいつもより高く!そして3幕冒頭のソロではフィニッシュで客席に投げキス(はぁと)。たっぷり堪能させて頂きました!

この日は最終日で山本さんが王子だった事もあり、1幕のワルツの最中も心置きなく王子と道化と家庭教師の小芝居を堪能させて頂きましたが、本当に信頼関係があるいい組み合わせでございました。

他のキャストも最初に見た時よりみな進化してまとまりがありました。初見のところでは、スペインに中村誠さん。西川/マイレンのシャキシャキ組と湯川/中村のゆったり組の組み合わせの妙。中村さんとマイレン、どちらもアームスが美しいので見惚れました。中村さんは1幕のワルツにも入っていて、無駄にノーブルまき散らしてました(笑)。目が行く人ですよね、やはり。

ルースカヤは丸尾さん。ドレスさばきは私が見た3人の中で一番上手かった気がします。この衣装はある程度背があって線の細すぎない人が似合う気がする。踊りの質的に合うかどうかは別として大湊由美さんあたり。私はまだ本島さんのルースカヤを見ていないのですが、彼女のは良さそうですね。次回はぜひ見たいです。

牧版では「ルースカヤ」を主役級ソリストによるもう1つの見せ場と位置づけていますが、この踊りは専門職をつくって踊らせた方がいいような気がするんですよね。それこそキャラクターダンスの1つとして。他の各国の踊りはそうなっていて、みんな踊りがよく身体に入って見応えのあるものになっていますよね。ルースカヤも踊る人を固定した方が見栄えもよくよい見せ場になると思うのですが、いかがでしょうか。

ハンガリーは遠藤睦子さん。そりゃあもう素晴らしかったです!古川さんとの相性も、もしかしたら西山さんよりいいかも。それとマズルカで高木裕次さんが最終日スペシャル(ではないかもしれないが)裾チューを復活されていました。にっこり。

2羽の白鳥では本日も堀口さんは盤石。美しいなー。そして厚木さんも最終日が一番よかったと思います。


今回の「白鳥の湖」で痛感したのは「繰り返し上演する事の大切さ」。上演すればするほど、ダンサーの踊りや演技が自然に、そして上達して行くのは当然の事ですが、「白鳥の湖」は特に経験値がものを言うバレエだと感じます。

研修所を出てからあまり経っていない若いダンサーたちはまだ白鳥の腕になりきれないところがありますよね。大いに期待してほとんど好きと言っていい小野さんでさえ、初日は「むむ、もう少し」と感じました(しかし最終日には驚く程進化していましたよ!)。キャラクターダンスだって回数の少ない人はおおむね苦戦していたような気がします。

脇ですらそうなのだから、主役級ならば尚更。初演の2人がどうドラマを作り上げていくかを見るのも楽しみの1つだし、いろんな組み合わせから生ずるドラマにも期待していますから、新しい組み合わせや主演デビューを否定する事はもちろんありません。しかし、ずっとペアを組んでいる酒井/山本ペアの安定したパートナーシップを目の当たりにすると、固定した相手というのも重要だなと思う訳です。その意味では(今回は見られなかったけど)寺島さんは上演の度にお相手が変わって大変かも。

他の演目にしても、相手を固定しての主演はなかなか難しいようであまりありませんよね。結局は上演回数の少なさと男性ダンサーの人材不足というところに行き着くのかもしれませんが、固定ペアで踊るのが難しいとしても、せめて自前のダンサーたちが主演する機会は増やしていただかないと、状況の改善も見込めないでしょう。背の高い男性ソリストもあと1人2人欲しいですよね。

そんな事も想いつつ、今シーズン最後の舞台、心から堪能させて頂きました。今シーズンも楽しませて下さった新国のダンサーのみなさんとスタッフのみなさんに感謝。