2008年7月24日ソワレ 東京文化会館大ホール

クレジット

振付:ケヴィン・マッケンジー/原振付:マリウス・プティパ、レフ・イワーノフ/音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー/装置・衣裳:ザック・ブラウン/照明:ドゥエイン・シューラー

指揮:チャールズ・バーカー/管弦楽:東京ニューシティ管弦楽団

キャスト

オデット/オディール:イリーナ・ドヴォロヴェンコ
ジークフリード王子:マキシム・ベロセルコフスキー
王妃:ナンシー・ラッファ
家庭教師:クリントン・ラケット
王子の友人:ブレイン・ホーヴェン
ロットバルト:ロマン・ズービン、ゲンナジー・サヴェリエフ

パ・ド・トロワ:メリッサ・ト-マス、シモーン・メスマー、ブレイン・ホーヴェン

小さな白鳥:ジェマ・ボンド、サラ・レイン、アン・ミルースキー、マリア・リチェット
2羽の白鳥:クリスティ・ブーン、カレン・アップホフ

式典長:クリントン・ラケット
ハンガリーの王女:ミスティ・コープランド
スペインの王女:サラ・レイン
イタリアの王女:ジェマ・ボンド
ポーランドの王女:イザベラ・ボイルストン
チャールダーシュ:マリアン・バトラー、パトリック・オーグル
ニコール・グラニーロ、エリーナ・ミエッティネン、ローレン・ポスト、サラ・スミス、トビン・イースター、ルイス・リバゴルダ、アロン・スコット、エリック・タム
スペインの踊り:メラニー・ハムリック、ヴィターリー・クラウチェンカ、サラワニー・タナタニット、アレクサンドル・ハムーディ
ナポリの踊り:ジョゼフ・フィリップス、トビン・イーソン
マズルカ:ニコラ・カリー、ルチアーナ・パリス、デヴォン・トイチャー、メアリー・ミルズ・トーマス、グレイ・デイヴィス、ロディ・ドーブル、トーマス・フォースター、ショーン・スチュワート


感想

地味だなんだと言われていますが、私はマックスが大好き。でも怪我などで今まであまり日本には来てくれなかったし、来日後も当日降板とか、残念ながら今まで全幕主演を見た事がなかったのです。ガラで見ても妻が美しく見える事に心を砕いていて(そこがまたいいんだけど)本人は控えめでしょう?一体全幕ではどんな演技プランを見せてくれるのか、楽しみで仕方なかったのです。そんな訳で2人の全幕主演舞台を、しかも見たかった「白鳥の湖」でようやく見る事ができて感無量でした。

マッケンジー版「白鳥の湖」については、DVDで見た時に演出の奇抜さばかりに目がいって気に入ったとは言えない状態。でも、目の前で見たらすごく面白かった。悲劇バージョンなのに「面白かった」というのも変かもしれないけど、でも見終わった感想はやっぱり「面白かった!」なの。特に4幕のレイクサイド・ロットバルトとオデット、王子の間にある緊迫感がいい。


マッケンジー版はプロローグでロットバルトが紳士とクリーチャー的な2面性があり、2人のダンサーが演じている事(フォン・ロットバルトとレイクサイド・ロットバルトと呼ばれているとか)、そしてオデットが白鳥に変えられるところを見せていますが、最初に出てきた時からイリーナは濃厚でした。姫というか、よろめく人妻?(笑)。

魔力によって白鳥に変えられてしまったオデットは、レイクサイド・ロットバルト(ズービン)の腕に抱えられた白鳥の人形(?)で表現。ズービンくんが白鳥が暴れるように見せている訳ですが、そんな中、笑みを浮かべて白鳥の羽毛を撫でるところがロットバルトの異物性を表しているようで印象に残りました。


1幕。ABT版には道化は存在せず、王子の友人といわくありげな(でもそれ以上でもそれ以下でもない)家庭教師が登場します。そして、王子は割とすぐに舞台に登場。マックス!なんて自然にジークフリートを演じてしまう人なのでしょう。落ち着いた雰囲気でありながら、あの笑顔のキュートさ。彼が笑顔を見せるたびにクラクラしてました。この人ってホントに劣化しない。回転だけは軸がブレてうまく決まらないみたいだったけど、それ以外は完璧。テクニックを誇示する事なく、美しいラインで踊るノーブルな王子。

演技プラン的には、王位を継ぐ事は納得していて帝王学なんかもしっかり身につけていそうな落ち着きがありました。マッケンジー版では1幕でベンノに張り合って貴族の女性にちょっかいを出すなんて場面もあるのですが、その時も健全な青年らしい「友人との張り合い」の感じ。それが、気付くと自分以外はみんな恋人と一緒で、今まで知らなかった種類の孤独を感じてお城を飛び出した、という風に見えました。

パ・ド・トロワはメリッサ・ト-マス、シモーン・メスマーと王子の友人役のブレイン・ホーヴェンくん。綺麗な男のコだから貴族の女性に「踊りましょ」って誘われるのも納得だし、王子が張り合いたくのもわかる。ただ、かなりお疲れのようでした。女性陣もどちらかは判らなかったのだけど、後のヴァリを踊った方のダンサーが音に追い付けずに踊り切れていない状態。ちょっと不満の残る出来だったかな。でも、舞台の脇や後ろに座った貴族や農民役のダンサーたちがニコニコと彼らの踊りを見守っているのはABTらしい暖かさがあっていいなー、としみじみ。確かマックスも舞台上手に用意された椅子に腰掛けてニコニコと彼らの踊りを見ていたと思います。

宴の後で王子が孤独を感じるセルゲイエフ版は見慣れているけど、マッケンジー版の「僕は1人きりなんだ!」とショックで走り去る王子というのも面白い演出ですね。この1幕は、ABTの充実した男性ダンサーたちが貴族や農民役で多く登場して踊るし、けっこう展開も早いので、少しせわしない感じはあるかも。・・・いや、というよりも、貴族や農民役のコたちの踊りがもっと見たかったんだと思う、ワタシ的に。特にこの日は貴族役にスタッパスくんがいて色香を振りまいていたので、目がいくつあっても足りない状態でした。


2幕。ベンノのお供を断って一人で湖に来た王子。空を飛ぶ白鳥を目線と手で表現し、着水までちゃんと観客に想像されるマックスはさすがです。オデット登場の音楽が鳴ってもなかなかイリーナが出てこないのでドキっとしましたが、ここの振付は袖からジャンプして舞台に飛び込んでくるんですね。パ・ド・ブーレで出てこないのはイリーナの脚の調子が悪いのか、とドキドキしちゃったけど、グラン・アダージオの出だしはパ・ド・ブーレで登場してたし、翌日のジリアンも同じようにしてました。

イリーナは辺りを払う存在感。女王のごとき圧倒的な存在感で舞台を制圧していました。濃密な、成熟したオデット。あまりに能弁で力強いマイムは、彼女のオデットが激しい性格だと思わせる位でしたが、それでも、何度も自分をかき抱こうとする王子の腕を振り払ってしまうのも恐れや警戒心から自然に出てしまったものだと伝わってくるし、いつの間にか自分の心がその王子の腕を、優しさを求めている事に気付くのも手に取るようにわかる。

彼女は、年を追うごとによりドラマティックな表現に重点を置くようになってきている気がします。マックスは(数少ない私の鑑賞経験から見たところでは)今もクラシックの様式美とパートナーを美しく見せ音楽的に踊る事を忠実に自らに課しているように思うので、そりゃあイリーナと同じ濃密なドラマを彼に期待したら地味に見えても仕方ないか、という気はします。でも、私としては今のマックスから変わってほしくない。イリーナの演技が映えるのもマックスあってこそだし。逆に言えば、イリーナの太陽のような演技が、マックスの微妙なドラマの揺れを月のように照らしている、と見ることもできるかもしれない。

白鳥たちについてはある意味予想通りというか、「んー、やっぱり揃ってないわね」だったのですが、私は正直言って群舞のコたちについては気にならなかったんです(後述)。ただ、小さな四羽の白鳥と二羽の白鳥はよくなかったです。あそこまで揃わない小さな4羽は初めて見たかも。ちょっと笑っちゃいました。だいたい、小さくなかったしねぇ。

白鳥の群舞たちについてはですね〜。この日は前の方で見ていたのですが、白鳥たちが最初に出てきた時に、(踊り以前に)その体型や肌の色がバラバラな事にある意味感心しちゃったんです。マリインスキーやパリオペ、新国立劇場でも有り得ないバラバラさ。でもその雑多さに思わず「あら、ロットバルトったら世界中からいろんなタイプの女の子集めてきちゃったのね〜、こいつ雑食 もとい 趣味広すぎ...」と笑ってしまった。

普通に考えればこれぞNY、これぞABTと受け取るべきところなんでしょうけど。だからそれ以後は「まー世界中から(様々な地域、人種、言語、気候、宗教、価値観...)ロットバルトが気まぐれに集めたお嬢さんたちなら、人によっては話も通じないだろうし、価値観もバラバラでしょ。いくら白鳥の姿に変えられたからといって絶対に揃うはずがないわよ」と納得しちゃったんです。自分でもこんな都合のいい理論が導けた事にびっくりしちゃったわ。ABTへの好意のなせる技でしょうか(笑)。前の方で見ていたという事もあるんでしょうけどね。


3幕。幕があくと、その装置の美しさに目を奪われました。私の目の前がちょうど大広間の扉と階段だったのですが、ABTブログに写真が出ていた通り、階段の段差のところにも装飾が施されていてキラキラ輝いていました。大きな扉をあけて、そこから王妃と王子、あるいはロットバルトとオディールが出てくるのはよいですね。

パ・ド・トロワの3人が3幕にも登場して踊りを披露していましたが、んー、やっぱりまとまり切れてなかったな。民族舞踊は花嫁候補たちが王妃たちに披露するべく連れてきたという設定で、花嫁候補が玉座の下に用意された席につくとディヴェルティスマンが始まるのですが、この時の花嫁候補と王妃の小演技が個性が出ていて面白かったです。絶対やり手のお妃となって王宮を仕切りそうなのがサラ・レイン(笑)。

民族舞踊のディヴェルティスマンについては、ちまたで言われているほどひどいとは私は思わないのですが、たぶん使われている編曲にメリハリが足りないっていうのもあるかも。スペインの、手脚のながーいハムーディくん、アームスが能弁で目を奪われました。毎日いろんな発見があって楽しいわ(ほほ)。みんなスクスク育ってABTを背負って立つダンサーになってくれますように。

チャールダッシュのリードカップルに、私のにわかお気に入りマリアン・バトラーが入っていまして、やっぱり彼女は何でもこなす手堅いダンサーだなーと。1幕の貴族の女性でも、つい目が追ってしまう。ナポリについては、この回はけっこうグダグダでしたよね。DVDでロペスとサルステインが拮抗した素晴らしい踊りを見せていたのが脳裏に残っているので、ちょっと物足りなかったです。この日踊ったコたちも個々にはよいダンサーなんだろうけど、この踊りに関してはやっぱり「ビシビシ競い合っている」のが見たいからなぁ。

そんなお披露目が終わった後に「さあお妃を選びなさい」と命ぜられ、花嫁候補たちと踊る王子。マックスは礼儀正しく女性たちのダンスのお相手をするものの、やっぱり誰かを選ぶ事はできない。ファンファーレが鳴ってロットバルトとオディールが登場すると、彼女を待っていたんだ!とばかりに顔が輝きます。そして大喜びでオディールの後を追ってしまう。


本日のもう1つのお楽しみが「海賊」ですっかり時の人となったサヴェリエフのフォン・ロットバルト。彼がルースカヤの音楽で踊りながら大広間にいる女性陣のハートを掌握していくところを見るのが楽しみでした。だったのだけど、、、んー、このフォン・ロットバルトに期待されるフェロモンや悪のオーラは、パっと見たところ彼にはあまりないのでした。というか、今のABTでフォン・ロットバルトに存在感の大きさでふさわしいのはゴメスとホールバーグくらいではないだろうか?あとはたぶんみんなまだ何かしら足りないと思う。

ただね、サヴェリエフのロットバルトはひっじょ〜に面白かったです。DVDのゴメスのようにフェロモンを垂れ流して女性たちをメロメロにするタイプではないのだけど、例えば、夫をなくして国を収め、王子を王位に付けるまで公的な務めに全霊を傾ける王妃の「女性」の部分を微妙に覚醒させるとか。あるいは、国を挙げて王子との縁組みを成功させようとやってきたのに見向きもされなかった花嫁候補たちの傷心を癒すとか。そういう「人の弱いところを敏感に察知してケアしてあげる人(てか悪魔だけど)」って現実社会にもいるじゃないですか。綺麗だよ、綺麗だよーって言葉のシャワーでいつの間にか服を脱がせちゃう写真家、みたいな(笑)。

サヴェリエフ特有の女性をふんわりと高〜くリフトする姿が、私にそんな事を思わせたのです。リフトしながら「キミはこんなに綺麗なのに。さあ顔をあげてごらん」と言っているように見えたのは、、、きっと私だけでしょうねぇ。だから花嫁候補たちは我れ先にと慰めてほしがり、綺麗だよって言ってほしかったんだろうなーと(ホントに私の想像力って便利な代物だわ)。

フォン・ロットバルトが大広間の女性陣を掌握すると、今度はオディールが王子の心を掌握しにかかります。オデットですら濃密な芳香を感じさせるイリーナですから、オディールの華やかさ、妖艶さといったら!こんなオディールの前ではジークフリートなど赤子も同然。グラン・パ・ド・ドゥでは2人とも目を見張る大技を入れる訳ではないけれど、音楽が盛り上がるのと同じクレッシェンドで踊りも盛り上がる。実に音楽的で、見ているこちらも高揚。爽快ですらありました。


4幕。3幕の終わりに大広間の扉を空しく叩き続ける王子を見せつつ紗幕が降り、比較的早く4幕の音楽が始まりました。紗幕の手前に白鳥たちが数羽出てきて踊り始めます。ここは場繋ぎだから仕方ないけど、振付的にも特筆する事もなかったなぁ。ただ、セルゲイエフ版のように裏切られたオデットが白鳥たちの元に戻って嘆く、というパターンではなく、白鳥たちは嵐の中にただ事ならぬ雰囲気を感じていてざわめき、オデットは「もう死んでしまおう」と岩場に駆け込み、それを王子が見つけて許しを乞う、というのは新鮮でした。

イリーナのオデットは2度ほど「私は死にます(きっぱり!)」とマイムで宣言。それなら僕も一緒に、と王子が死を決意した時にロットバルトの魔力が失せるんですね(たぶん)。魔法が効かずに驚愕するズービンくんのレイクサイド・ロットバルト、とても能弁でした。そして、けっこうあっという間に湖に身を投げるオデットとそれを追う王子。この時のイリーナの死の覚悟の強さと、大切な人を追いかける迷いのないマックスの表情には胸を掴まれました。涙をこらえつつも、今度は自分の身に起きた異変にうろたえ徐々に弱っていくズービンくんのロットバルトにも心を動かされ、、、音楽の盛り上がりと共に、ドラマも次々に展開して息をするのを忘れる程でした。


カーテンコールでは、イリーナとマックスも「ニーナに影響されました?」ってくらい歓声に応えてくれていました。とにかく2人の全幕が見られて嬉しかった。そして、ABTの白鳥が意外に面白い!って事も嬉しくて。やっぱり芸術監督、カンパニーの得手不得手をよく心得て新版を製作したのね。スピーディだし、こういうswan lakeがあってもいいじゃん!と思いましたよ。やっぱり生で見ないと分からないものですねぇ。