2008年11月23日 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール

クレジット

振付:ナチョ・ドゥアト/作曲:セルゲイ・プロコフィエフ/衣装デザイン:ロルデス・フリアス/舞台美術:カルレス・プヨル、パウ・ルエダ(サン・クガット・カルチュラル・センター)/照明デザイン:ニコラス・フィシュテル(A.A.I.)/オリジナル・プラン:ミゲル・アンヘル・カマーチョ/舞台美術製作:サン・クガット・カルチュラル・センター/衣装製作:スペイン国立ダンスカンパニー

音楽録音=指揮:ペドロ・アルカイデ/管弦楽:ボヘミアン・シンフォニック・オーケストラ

キャスト

ジュリエット:ルイサ・マリア・アリアス
ロミオ:ゲンティアン・ドダ

キャピュレット夫人:アナ・テレザ・ゴンザガ
キャピュレット:ディモ・キリロフ
マキューシオ:フランシスコ・ロレンツォ
ティボルト:クライド・アーチャー
乳母:ステファニー・ダルフォン
パリス:アモリー・ルブラン
ベンヴォーリオ:マテュー・ルヴィエール

キャピュレット家:秋山珠子、リウヴァ・オルタ、イネス・ペレイラ、クリステル・オルナ、スジ・ワットマン、ルシア・バルバディリョ、カヨコ・エヴァハート、マイケル・カーター、クリフォード・ウィリアムズ、ホエル・トレド、ステイン・フリュイト

モンタギュー家:アナ・マリア・ロペス、マリナ・ヒメネス、スジ・ワットマン、ルシア・バルバディリョ、アフリカ・グスマン、ヨランダ・マルティン、ランディ・カスティリョ、ホアキン・クレスポ、フランチェスコ・ヴェッキオーネ、ホセ・カルロス・ブランコ


感想

ドゥアトの唯一の全幕作品という事ですごーく楽しみにしていました。これも他と重ならなければ3日とも、いやせめてあと1日は見たかった...

プロダクション

この作品は確かにシェイクスピアの原作とプロコフィエフの音楽に導かれてできた「ロミオとジュリエット」という全幕作品で、ダンサーにはそのように役も割り振られてストーリーが進んでいきます。でも、実際にこの待ち望んだ公演を見終わって感じるのは、ドゥアトはこういうストーリーバレエでさえでも音楽を視覚化することで物語を紡ぐのだという驚きに似た感動といったらいいのかな。音楽とダンサーの動きを心に満たしていくだけで、ちゃんと「ロミオとジュリエット」というストーリーが語らている事が心地良くて、過ぎ行く一瞬一瞬を惜しむような気持ちで2時間があっという間に過ぎてカーテンコールでした。


音楽をとても大切にするナチョ・ドゥアトの唯一の全幕作品がプロコフィエフの「ロミオとジュリエット」だと知ったのはいつの事だったでしょう。ドゥアトらしい、とても納得がいくセレクトでした。実際この日の公演後に行われたポスト・パフォーマンス・トークでも「プロコフィエフのこの音楽は全てのバレエ音楽の中で一番美しいと思う」というドゥアトの言葉に深く納得したし、ドゥアトの音楽に対するセンスとそれを美しい作品に昇華させる手腕には全幅の信頼に値する、と改めて強く思いました。

この日の音楽はテープだったけれど、彩の国さいたま芸術劇場という全部で776席のホール規模を考えれば、その分多くの観客にこの作品を見てもらうほうがいいという気がしました。テープだからといってナチョのダンサーたちはその音楽からズレて踊るような事はなかったし、この音楽はダンサーたちの身体の中にも流れているように一体化していたから。


幕があくと舞台中央のベンチのようなところにロミオが夢見がちな雰囲気で寝転んでいる。このベンチのようなものは、舞台を囲むように並べられた引き出し装置で、この上が通路にもなり、引き出しを全て出せば階段にもなり、ベンチのようにも使える優れもの。その引き出し方によって(プラス、背景の壁の穴のあく位置と照明効果)、舞台はヴェローナの街角にもキャピュレット家のボールルームにもバルコニーにも変わるのだから、そのミニマムな装置の働きに感心してしまう。

また布の使い方も印象的で、幕開きには紋章を描いた大きな布の裾を舞台後方につなぎ止めて天井のように使っていて、そのつなぎ止めた部分をパッと離す事によって緞帳のように舞台前方に布がたれて(って意味わかります?)舞台転換のアクセントとなったり。ロミオとジュリエットが結婚するときに2人で被るヴェールの扱いも印象に残りますし、ジュリエットの葬式の場面にちゃんとみんな黒い服で登場するのが様々な質感のテキスタイルの黒なので、その光を吸い込んだり反射したりのニュアンスの違いが美しかったり、そのお葬式の黒い旗が切り裂く喪の空気とか...。この墓室の場面は背景にお香がたっぷりと炊かれ、そのあがっていく煙までものが美しい装置になっていた。

キャピュレット家は貴族しかりとした衣装で、モンタギューのロミオ側は庶民的で自由奔放というそのキャラクター付けも、一目でどちら側か分かるし、両家の不協和音も致し方無しと思える。この対立については、モンタギュー家の自由奔放さが目障りで仕方ないティボルトが難癖付けたがっているようにも見えたけど。


キャスト

ジュリエットは自分の感情に正直で全力疾走で人生を駆け抜けるようなパワーに満ちあふれた存在。金髪をなびかせ振り乱して踊るルイサ・マリア・アリアスは生命力に溢れていました。対するロミオは夢見がちな青年で、それは他の版のロミオとも近い造型ではあるけれど、ドゥアトはそれがロミオだから、ジュリエットだからではなく、「この年頃の男女の常として」普遍性をも描きたかったようです。

2人のバルコニーシーンは、それまでキャピュレット家のボールルームだった舞台に小窓がついた壁がスルスルと降りてきて、(確か引き出しも1列を残して全て退出前のダンサーによってしまわれたような)キャピュレット家の中庭に早変わり。ドゥアトの言葉通り、キスシーンは登場しないけれど、その場面全体がキスのような場面。ジュリエットが1度室内に消えながら、登場した時と同じように腕だけを外に出してロミオがその腕をとってくれるのを待ち、そして今度はロミオを室内に入れて、、というのがとてもロマンティック。

最後の場面では、毒薬を飲み干したロミオが全身をけいれんさせながらジュリエットの手を取り、力尽きてくずれおちていく時に、ジュリエットが覚醒するんですよね。一体彼の目にジュリエットは映っているのだろうか、映っているのであれば彼の心中はいかばかりか、それとも苦痛で何も見えていないのか、、、と考えたら切なくて切なくて。ジュリエットは最初は自分が目覚めた場所に驚いてうろたえ、息絶えたパリスを見て狼狽え、、そしてロミオにも気付くのですが、聡明な彼女はすぐに事態を把握するんですよね。そして、ロミオが投げ捨てたナイフをとって、ほとんど躊躇わずに自分の胸に刺す。あっという間に私たちの前を駆け抜けてしまったジュリエット、そう思いました。


他に印象的だったのは、まずキャピュレット夫人のアナ・テレザ・ゴンザガ。気品があり、またとても人間らしくジュリエットの事も大切に思っている母。キャピュレット夫人とティボルトの関係についてはこのバージョンでも暗示がありましたが、その2人をつい視線で追ってしまうキャピュレット役のディモ・キリロフの静かな佇まいも印象に残っています。

そしてもちろんティボルト役のクライド・アーチャーとマキューシオ役のフランシスコ・ロレンツォ。2人の諍いの場面は本当にかっこ良くて迫力満点で、ゾクゾクしました。2人とも素晴らしかったし、ティボルトのとりまきたちもクールでよかった〜。また、モンタギューの女性たちの地に根を張ったような明るい佇まいは作品に彩りを与えていたし、その中にアフリカ・グスマンがいたのにはちょっと驚きました。2005年にCNDに戻ってきてたんですね。前回の来日公演は出ていなかったから、知らなかったわ。