2008年11月29日 東京文化会館 大ホール

クレジット

振付:ジョン・クランコ/音楽:P.I.チャイコフスキー/編曲:クルト=ハインツ・シュトルツェ/装置・衣装:ユルゲン・ローゼ

指揮:ジェームズ・タグル/演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

キャスト

オネーギン:ジェイソン・レイリー
レンスキー:マリイン・ラドメイカー
ラーリナ夫人:メリンダ・ウィザム
タチヤーナ:スー・ジン・カン
オリガ:アンナ・オサチェンコ
乳母:ルドミラ・ボガート
グレーミン公爵:ダミアーノ・ペテネッラ
親類、田舎の人々、サンクトペテルブルクの貴族たち:シュツットガルト・バレエ団


感想

シュツットガルト・バレエ「オネーギン」全幕は前回来日公演(2005年)に続き2度目の鑑賞。この日は当初タチヤーナ役はエレーナ・テンチコワが予定されていたが、脚の怪我で来日できなくなり、スー・ジン・カンが踊る事になったというもの。本拠地シュツットガルトでもスージンがこの組み合わせで踊る事はめったにないという、珍しいキャストで見る事となりました。

結果的に言うと、「オネーギン」というキャラがこうあるべきと固執したまま見続けてしまうと不完全燃焼になってしまうような特異な舞台だった気がします。それは主にジェイソン・レイリー演ずるオネーギンのキャラクターによるところなのですが、ドラマとしては非常に情熱的で純度が高く感銘を受けました。原作にとらわれずに見たならば、それはそれは感動的な舞台だったと思います。

私にとっては、1幕の間は「それぞれ素晴らしいけど、お互いいつも組んでる相手と見たかったかも」と思ったりしていたのですが、2幕以降ドラマが動くにつれて、このキャストの作り出す世界に没頭していった感じでした。最後の手紙のパ・ド・ドゥは涙、なみだ...。ドラマティックな舞台でした。

レイリーのオネーギンは、そう”鼻持ちならない奴”でもないんです。どちらかというと自分の若気の至りから自分や周囲の人生を狂わせてしまい苦悩する人、という印象。原作のオネーギンには1つも感情移入も同情もできないけど、レイリーのオネーギンは人間味溢れているので、その弱さにぐっと来たりしてしまう。


1幕1場 ラーリナ夫人邸の庭

タチヤーナの名の日の祝いの為の素朴な晴れ着を、ラーリナ夫人と乳母、そしてオリガが縫いながらおしゃべりしている。そこから少し離れたところで本に夢中になるタチヤーナは幼いと言っていいくらい。現実より活字の世界でこそ生き生きと呼吸ができる片田舎の内気な少女は、まるで原作から抜け出たよう。タチヤーナ役のスージン・カンの姿を見て、今日の舞台の素晴らしさを予感して背筋がゾクっとしてしまった。

友人たちが現れて「鏡を覗くと恋する人が現れる」という遊びが始まる。確かこの遊びは原作にもオペラにもないクランコ独自のアイディアかと思うが、登場人物を印象づけるいいアイディアだと思う。オリガが鏡をのぞくと恋人のレンスキーが現れ(彼は彼女が鏡をのぞいているのを知って、周囲に「しーっ」と口に人差し指をあててから彼女の視界に登場する)、幸せな恋人たちが鏡の前から立ち去った後にその鏡をのぞいたタチヤーナの視界には、そのような少女たちの遊びを知ってか知らずか、サンクトペテルブルクからやってきたオネーギンがいきなり現れるのだ。いきなり鏡の中に見慣れない洗練された紳士を見たタチヤーナの驚き。おくての彼女にとってこれ以上の恋のきっかけがあるだろうか。本当に上手い演出だと思う。


レンスキー役のラドメイカーは優しい恋人そのもの。「詩人」という設定にはぴったりです。ニッコリ微笑む姿にオペラグラスをのぞく目が吸い寄せられてしまう(笑)。「眠り」でも組んでいるオサチェンコへのサポートは、眠りよりこちらの方が安定していて、幸せな恋人同士そのもの。ただ、彼自身の踊りは少し物足りなかったかなぁ。レンスキーの踊りというのは、ああ見えてかなり難しいのでしょうかね。片足を上げながら片方の肘を張るレンスキー独特の振りで身体のラインが綺麗に出ていなかったのが、ちょっとばかり残念でした。

あ、でもパンフに出ていた彼のレンスキー写真は、髪にかなりウェーブがかかっていて微妙な感じだったのですが、実際に出てきた彼の髪はウェーブもかなり控えめで素敵でした>ってサラサラ好きなもので。

オリガ役のオサチェンコも大きな目を印象的に使って、オリガの無邪気なコケットリーをよく表現していました。タチヤーナに礼儀正しく挨拶するレンスキーの腕をとって「あなたはこっち」と引き寄せながら、タチヤーナに悪戯っぽく笑うところとか、天性のオリガかと思ったよ。踊りも「眠り」よりずっと生き生きと踊っていて、踊り慣れてもいるのでしょう。とても魅力的でした。

ここに挿入される若者たちの群舞がいいですよねー。女性がジュテするのを男性がサポートするような形でズラっとならんで舞台を斜め十字に横断するところは拍手が沸いていました。


さて、オネーギン役のレイリーくんです。1幕1場の登場シーンは田舎を物珍しく思っているような好奇心があって若々しく若々しく、最初はタチヤーナの事もにくからず思っているのではないかと思ってしまいました。無論、自分よりずっと若く、ただひたすら純情で純粋な田舎のお嬢さんに一目で恋に落ちるような事はないけれど、ふとした折りに「この娘と結婚してこの地に根を張って暮らしたら...」なんて事を少しは考えたりしそうな感じなの。厭世家というには若さと情熱が見え隠れしすぎるというか。

1幕1場のオネーギンとタチヤーナのパ・ド・ドゥは、タチヤーナの届かぬ淡い恋心と、オネーギンの礼儀正しくも取りつく島のないところが見える場面のように思いますが、普段めったにこの演目で組む事がないというこの2人はまたユニークで。レイリーくんのオネーギンは礼儀からというにはとても親切に(つまりは慎重にサポート)見えたし、スージンもおくてな恋というには積極的(=慣れない相手に対してサポートされ上手が強調された?)に見えて、不器用な恋人たちの恋の始まりのパ・ド・ドゥのようにも見えました。


1幕2場 タチヤーナの寝室

オネーギンに心を奪われたタチヤーナは眠りにつく事もできず、オネーギンに手紙をしたため始めます。この手紙を書き始めた時のスージン@タチヤーナはまるで子供の表情。でも、彼女の夢である鏡のパ・ド・ドゥに出てくるレイリー@オネーギンがあまりにも情熱的な恋人ぶりは、ある意味理想的と言えるのでは。

1幕1場と同様にサポートは慎重で丁寧だし、スージンも積極的に男性ダンサーを助ける形で踊っていたと思うので、パートナーシップがかみ合った時のこのパ・ド・ドゥの比類なき素晴らしさというのは若干損なわれていたようには思うのです。でも、あれだけ夢見がちなタチヤーナがこんな夢を見ちゃうのか!という位に情熱的ではあって、こんな夢を見たあとではタチヤーナがオネーギンに自らを差し出すようなつたないけれど熱烈な恋文を書き上げてしまうのも当然と納得でした。しかもそのタチヤーナの表情はもう少女ではなく恋した女性の表情なのよ。スージンさすがに上手い!


2幕1場 タチヤーナの誕生日

タチヤーナの名の日の祝いは、盛大ながらも素朴な集まり。オネーギンも出席するけれど、他のオネーギン程には登場時から退屈そうではなかった気がします。礼儀正しくタチヤーナをエスコートしているのだけど、田舎の人々の「あの2人は結婚するらしいのう」というような目線が鬱陶しくて、プライドが許さずにイラっときちゃうのね。それが、人々の心の距離が近すぎる田舎の出来事だったのが、オネーギンにとって最大の不幸だったのでは、と思うような場面。

そうなるともう、何を見てもイライラしてしまうオネーギン。踊りの輪にも加わらず一人でカード遊び。誰もいないところで彼女に手紙を返そうとするけれど受け取ってもらえず、とうとう泣き出した彼女の背後からその手のひらに手紙を破り落とす...。この手紙の返し方も冷徹とか拒絶というよりいらだちが強そうに見えたなぁ。一瞬我に返ったようにも見えた。

居心地の悪さからか、本当にちょっとした悪戯心を思いついたという表情でオリガをそそのかし踊り始めるオネーギン。オネーギンに深い考えはなさそうだし、オリガもレンスキーをからかいながらオネーギンと踊るのを楽しんでいる。彼女も悪気はないのだ。ただレンスキーをからかい、オネーギンと踊ってみたかっただけ。

でもレンスキーは。
この時のラドメイカーくんの怒りの表現は背筋がゾクゾクする程素晴らしかったですー。舞台下手の前の方で、ほとんど動かずにメラメラと怒るラドメイカーくんは美しかった!夢見る詩人のレンスキーですが、プライドは高い。そして白手袋でオネーギンの頬を叩き、激しく床に叩き付け!いやーん、素敵すぎ。(すみません壊れてます)

自分のやり過ぎに気付いたオネーギンはレンスキーを取りなそうとするけれど、もう彼は聞く耳を持たない。その雰囲気に飲まれるように、彼の白手袋を取り上げて決闘を了解してしまう。

ここからグっとドラマが動いた感じがしました。というか、私が入り込んだ。ラドメイカーくんのエモーショナルな演技は3階から見ていてもぐっと引き込まれる程で、「椿姫」のアルマンはどれだけ素晴らしいかと考えてしまうくらい。もっといろんな役で見てみたいなぁ、と思うダンサーでした。


2幕2場 決闘の場

悲しい場面です。オネーギンは苦悩し、タチヤーナとオリガもなんとかレンスキーを翻意させようとするけれど、もはやレンスキーのプライドはずたずたで怒りは収まらない。オリガに別れのキスをした後のレンスキーの表情に涙...。そしてタチヤーナには感謝の抱擁を。

レンスキーのこの場のソロは、祝福された人生だったはずの自分の人生を失ってしまった傷みとか苦しみ、絶望が悲鳴のように響く...ところなんだけど、やっぱりラドメイカーくんはあと1つ物足りないというか...。立ち尽くすだけであれだけの怒りを表現できるのだから、踊りからも感情の発露が見えるようになったら、素晴らしいなぁ、と。

もはや決闘それ自体が目的となってしまったレンスキーはオネーギンの銃に倒れ、オネーギンは大きな苦しみを背負う事となります。レイリーくんはとても正直に苦悩していました。そんな彼を見つめるスージン@タチヤーナの目は悲しみに満ちていた、と思いました。数年前、同じシーンでルグリを見つめたアイシュヴァルトの目は怒りで充満していたような気がするのですが、スージンの悲しみは婚約者をなくした妹を思ってなのか、それとも親友を殺してしまったオネーギンを思ってなのか...


3幕1場 サンクトペテルブルク

ペテルブルクの舞踏会は、2幕のタチヤーナの名の日の素朴な祝いとは全く違う洗練された雰囲気。男性が女性を山なりにリフトするあの特徴的なリフトが印象に残ります。

ペテルブルクの舞踏会に登場したオネーギンは憔悴しきった姿でした。レンスキーを決闘で殺してからこれまでの間どれだけ自分を責めて生きてきたのか、観客が一瞬で理解してしまう程に痛々しかった。でも、そこに洗練され人の妻となったタチヤーナの姿を認めて、彼の中に炎が灯るのがわかります。彼女に気付かれないようにしながらも、むさぼるようにタチヤーナを見つめるオネーギン。

タチヤーナをエスコートする夫、グレーミン公爵はダミアーノ・ペテネッラ。サポートなどは全く問題ないし、老けメイクも上から見る分には違和感なし。ただなんというか、スージンと一緒に踊ると彼の若さが透けて見える感じはしたかな。スージンも「ペテルブルクであか抜けた知的で洗練された妻」という鮮やかな変身振りではなかったかも。


3幕2場 タチヤーナの私室

オネーギンからの手紙を見て動揺しまくるタチヤーナ。用事で外出する夫に対し、今日は外出せず自分のそばに居て欲しいと願うけれど、夫は出かけてしまう。

この時のグレーミン公がね、ご本人がまだ若いからでしょうかねー、タチヤーナに対する態度がすごくへりくだっているのがやや気になりました。何度も何度もお辞儀(というか軽く頭を下げる挨拶)するの。いや、もちろん敬意を表したくなるくらい自分の若い妻を愛しているのは伝わってくるのだけど、自分のそばに居て欲しいなんて可愛い事を言う愛妻を置いて出かけなければいけない心残りみたいなのが感じられなくて、ちょっと残念だったかも。この夫じゃあもしかしたらタチヤーナは幸せとは言えないんじゃないだろうか、と思ってしまったり。

そこへオネーギンが自分の感情が爆発するのに任せるかのようにタチヤーナの部屋に飛び込んでくる。この時のレイリーくんは、もう今まで自分が苦しめられてきた自分自身のプライドや後悔、失意,,そういう物を全て無に返すような、自分の人生を取り戻すような情熱でタチヤーナに求愛していました。

この手紙のパ・ド・ドゥにはタチヤーナの足もとに自らを投げ出すオネーギンという振りがありますが、レイリーくんのそれは、もう綺麗に見えようが見えまいが情熱の赴くまま!といった激しさがありました。その激しいオネーギンの求愛に、最初は表情の固かったタチヤーナが見る見るうちに恋する表情となり、つかの間の心の交流のようなパ・ド・ドゥ。ここへ来て2人のパートナーシップが大きく変わったとまでは言えませんが、情熱の激しさが形の美しさを凌駕した魂のパ・ド・ドゥでした。

タチヤーナの心はオネーギンを求めていても、理性が彼女を押しとどめます。自分が若い頃はあのようなひどい仕打ちをしておきながら、今また私を苦しめるのは私が公爵夫人という立場だからではありませんか、と。そして手紙を破って返し、部屋を出て行くようにと求めるのです。すがりつくオネーギンの髪に思わず手が伸びるものの、その手を引っ込めて、ドアを指差す「出ていってください」と。


圧巻でした。この場面は曲も胸にせまってきて、それだけで泣けそうになる位ですが、スージン・カンの深い洞察力によるタチヤーナの心のひだまで見せる表現と、それを増幅するようなレイリーのオネーギン、2人の人生が交差しただけで一緒にならなかった事をこんなに悲しく思った事はありません。

可能であれば、他のキャストによる「オネーギン」も見たかった!これほどキャストとその組み合わせによっての当たり外れがなく、それぞれに楽しませてくれるものもないのでは。まさにシュツットガルト・バレエの財産だと思うし、男性ダンサーが充実している今だからこそ、幾通りもの組み合わせが堪能できるのでしょうね。

今回はずいぶんファンも増えたようですし、また近いうちの来日を楽しみにしたいと思います。


最後に「オネーギン」CDをご紹介しておきますねー。現在 amazon.co.jpでは在庫切れですが、amazon.co.ukなどで入手する事ができます。

Tchaikovsky: Onegin
Tchaikovsky: Onegin