2008年12月20日 新国立劇場オペラパレス

クレジット

振付:フレデリック・アシュトン/音楽:セルゲイ・プロコフィエフ/監修・演出:ウェンデイ・エリス・サムス/舞台美術・衣装:デヴィッド・ウォーカー/照明:沢田祐二/装置・衣装制作:英国ロイヤルバレエ
指揮:デヴィッド・ガルフォース/演奏:東京フィルハーモニー交響楽団

キャスト

シンデレラ:ラリーサ・レジニナ/さいとう美帆
王子:ヨハン・コボー/マイレン/トレウバエフ
義理の姉たち:マッシモ・アクリ、井口裕之
仙女:川村真樹
父親:石井四郎
ダンス教師:吉本泰之
仕立屋:澤田展生
洋服屋:湯川麻美子、厚木三杏
靴屋:福田圭吾
床屋:古川和則
宝石屋:高木裕次
御者:末松大輔
春の精:小野絢子
夏の精:西川貴子
秋の精:遠藤睦子
冬の精:寺島ひろみ
道化:八幡顕光
王子の友人:陳秀介、冨川祐樹、江本拓、中村誠
ナポレオン:伊藤隆仁
ウェリントン:貝川鐵夫


感想

この日はもともとアリーナ・コジョカルとヨハン・コボーが出演予定で、コジョカルが怪我の為に降板し、現在オランダ国立バレエのプリンシパルであるラリーサ・レジニナが出演する事になったもの。レジュニナといえば、キーロフ在籍時のオーロラなどいくつかの映像で踊る姿を見た事があるきりで、オランダ国立バレエにいる現在、私が生で見られる可能性はほとんどないと思っていたダンサー。それが大好きな新国立劇場でアシュトン版「シンデレラ」を踊る事になったので、私としては非常に楽しみにしていたのでした。

そのレジュニナが1幕の跳躍の時に痛めた足が2幕で悪化して途中降板。波乱の舞台となりましたが、代役で急遽出演したさいとう美帆さんとマイレン・トレウバエフさんが素晴らしいパフォーマンスで満足させてくれました。


レジュニナは本当に可愛らしく、かなりのベテランさんのはずですが全くそうは見えませんでした。金髪は男女関わらず劣化が早いと思っていたけど、例外がいた!(笑) 彼女のシンデレラには、素直さだけでなく、心のよりどころがある強さのようなものを感じます。それが何かはわからないけど。

1幕のお家での場面は踊りっぱなしで、音にせき立てられるようになる事もあると思うんですが、レジュニナはそれに流される事なく細かいところまで気を配っていたのも印象的でした。
ほうきを相手にダンス前のご挨拶をするのも、踊るのが待ちきれないといった感じで目を輝かせていたし、思い通りにならないほうきに拗ねる姿のキュートな事!このシーン、足を踏みならしたりして「もう!」と怒るのが(シンデレラのキャラクター的に)私にとってはたまに違和感を感じる場面なのですが、レジニナはここで怒った顔はせず「どうしたの?」と心配するような、あるいは言い聞かせるような...そういう表情でやっていたのがツボでねぇ。姉たちのダンスを茶化す姿も品があったし、本当に素晴らしいシンデレラだったんです。

それが2幕の舞踏会で登場し、ポワントで階段をおりてくる時には別人のように表情が固くて...。後になれば、そのときはもう足を痛めていたそうですから、そんな状況でポワントで階段をおりて、しかもほとんどぐらつきもしなかったのはレジュニナと彼女の手をとるコボーが細心の注意を払っていたからに違いないとわかるし、2人に感謝したいと思いますが、その時は何もわからないから「あれ?」と。

シンデレラと王子のパ・ド・ドゥ、アダージオの最後の方にあるサポートされてのピルエットでレジュニナの軸足が落ちて(確か彼女も思わず声を上げてしまっていたような)、それが限界だったみたいです。一応その後もコボーに何か伝えながら同じピルエットを繰り返して踊りあげてくれたんですけど、アダージオが終わるとレジュニナは軽く足を引きずりながらコボーと手をとって袖に戻り、そのまま舞台に戻ってくる事はありませんでした。

1幕の可愛らしくも芯の強いシンデレラも、2幕でのお姫様衣装での気品ある姿も、レジュニナは本当にシンデレラというおとぎ話のヒロインに息を吹き込んでくれていたので、降板は本当に残念でした。レジュニナの無念さを思うと心が痛いですが...早い回復を祈りたいです。もう日本では彼女のシンデレラは観られないのかなぁ...残念だわ。


コボーは2幕から出演だったのに、レジュニナと一緒に降板する事になってしまったのも残念でした。まぁ急な事ですから、いきなり新国の誰かと合わせて踊るって訳にいかないのはわかるんですけどね。

コボーは2幕で出てきた瞬間から舞踏会の主催者としてのホスピタリティに溢れていて(彼がゲストなのにねー)、まるで客席にいる私たちがコボーの宮殿に招かれているような気持ちになる笑顔が強く印象に残っています。「ようこそ、私の城へ。さあ、くつろいでください」って言われてるみたい。こんな王子は初めて見ました。「シンデレラ」の王子は名前すらない夢の象徴的な存在だと思っていたけど、その王子に血を通わせリアリティを持たせたコボーの好感度は急上昇!

そして、踊りが大きくて美しかったです。彼は特別にプロポーションに恵まれた人ではないけれど、それを補ってあまりある踊りの美しさと安心感がありますよね。女性ダンサーを引き立て美しく見せるという素晴らしい美点もあるし(だからこそ、レジュニナも2幕途中まで踊る事ができたんだと思う)、今回コボーがいてくれて、本当に良かったと思います。

記憶が定かではないので間違っているかもしれませんが、このパ・ド・ドゥ、アダージオのすぐ後にヴァリエーションをすっ飛ばしてオレンジの場面を入れていました。普通は王子とシンデレラの間にお小姓がオレンジを持ったトレーをかかげて3人で歩いてくるんですが、この日はシンデレラが出てこなかったので、私もこの時点で『あーレジュニナ降板しちゃうんだ...』と思いました。最初にオレンジを渡すべきシンデレラがそこにいないので、コボーはちょっと長めにオレンジを選ぶ仕草をして、恐るおそる手前から登場した義姉を笑顔で手招いて、アクリ姉には「そうだ、この小さいのでいいだろう」ってちょっとイタズラっぽい笑顔を浮かべつつ一番小さいのを渡したのを見て「うう、コボーありがとう!」と。

で、アグリーシスターズが2度目の拍手を受けながら上手から下手へ移動した後、本来ならここでコーダ(というかパ・ド・ドゥの後半?)が始まるんですが、ちょっと長い空白のあとコボーが1人で出てきてプレバラシオンを取りました。でも音が始まりません。同じ動作を繰り返した後でコボーがガルフォースさんに向かって「マエストロ?」と素敵な声で話しかけたので、客席もちょっとざわつきましたね。どうもここでコボーがヴァリエーションを踊るという話がオケピまで伝わっていなかったみたいで、その後オケピから何やら話し声と譜面をめくる音が響いて、ようやくコボーのヴァリエーション。

あとで考えれば、このヴァリエーションを踊らなければ、コボー本人と彼を目当てで来た人は本当に気の毒な事になっていたと思います。またコボー目当てじゃなくたって、緊急事態とはいえ(女性ヴァリは仕方ないにしろ)男性ヴァリエーションまで省略はちょっと淋しいですものね。だから、これを踊ってくれたコボーに対して感謝の気持ちでいっぱいになりました。本当にありがとう。元々嫌いではなく好意は持っていたけど、更に株があがりました。彼の王子を最後まで観られなかったのも本当に残念。


代役で2幕パ・ド・ドゥの後半部分(シンデレラと王子が互いに探し合うところ)から登場したさいとう美帆さんとマイレン・トレウバエフさんは、急な代役とは思えないほど役そのままの姿で登場しました。まるで今までも2人の舞台を観ていたかのように。それぞれが登場した時に会場からわいた大きくて暖かい拍手も忘れがたいです。こちらが泣きそうになるほど嬉しかった。

さいとうさんは2年前に見たときよりパがクリアになった印象。父親想いの優しいお嬢さんが夢見てきた舞踏会に美しいドレスで出席している、というふわふわに幸せな感情が伝わってきて幸せになりました。このパ・ド・ドゥは音楽も急激に盛り上がるし、ピシっと決めなきゃいけないところもたくさんあるので大変でしょうけど、本当に綺麗に決まっていました。それはもちろん相手役がマイレンだった事がとても大きいでしょう。彼が王子だからこそ、さいとうさんは安心して踊れたに違いないと思います。恋の高揚感もあって、素晴らしいパ・ド・ドゥでした。

マイレンの王子も最初こそ少し表情が固かったけれど、立ち居振る舞いはノーブルだし踊りはもちろん美しいしで言う事なし。この2人の日のチケットも取れば良かった...と悔やみましたよ(その意味では、少しでも2人を観られた事は不幸中の幸いとも言えます)。今回観た中ではさいとうさんとマイレンの組み合わせが一番好きでした。さすがに2人で何度も踊っているだけの事はありますね。


と、主演組について書いてきましたが、この辺で愉快な仲間たちについても。

父親役の石井四郎さん、義姉のマッシモ・アクリさんはベテランですから安心して笑わせてもらっていました。私が注目したのは今回初役で義姉(妹)にキャストされた井口裕之さん。あれ?普通に別嬪さんですよ(笑)。踊りも綺麗だし、若くて踊れちゃう感じがアチコチからあふれていました。初日だったので、まだ段取りを追ってる感じがうっすらとあったけど、その後はパワーアップされた事と思います。私はこの日しか彼の義姉を見られなかったので進化が見られず残念。

カーテンコールで出てきた時に感じたのですが、井口さんってお顔がすっとしてるでしょ。で、さいとうさんもすっとしたお顔立ちだから、なんとなく輪郭が似た感じというか(笑)だから「あ、姉妹、ありうる!」と思ってしまいました。ご、ごめんねっさいとうさん。

ダンス教師の吉本泰之さんは鉄板。絶対細かい演技まで含めて楽しませてくれるので、今回もニコニコしながら楽しませていただきました。道化は八幡さんで、こちらは軽い軽い!全く体重を感じさせない跳躍で、着地で音がしない。無邪気な道化という感じで、宮廷中に愛されているんだろうなというキャラでした。


仙女役の川村真樹さんの華やかさは当社比30%アップ、という感じでした。前回の仙女も華やかだと思ったけど、今回はその比じゃない。シンデレラと向かい合ってパ・ド・ブーレで動くところも、シンデレラに向けた視線が優しくて温かで...それだけでシンデレラは幸運を期待した事でしょう。四季の精の踊りの前に入る仙女のヴァリエーションは素人目にもかなり難しそうですが、川村さんにしては珍しく音に遅れるところがありました。あとほんの少し音がゆっくりなら綺麗に踊れたんじゃないかなー。

四季の精では小野絢子さんの春の精が素晴らしかった。初役でこれだけ踊れるのは立派ですね。彼女はじきシンデレラにキャストされるべき人だと思うけど、春の精も、より彼女らしさが出るように踊り続けてほしい気もします。西川さんの夏の精はちょっと雰囲気変わった気がする。かなり「けだるさ」を強調していたように感じたのですが、彼女は普通に踊っただけで雰囲気が出るのに、と思いました。秋の遠藤さんは安心して見ていられます。好きなんですよね、彼女の秋。冬の寺島ひろみさんはかなり緊張していたみたい?私、彼女の夏の精好きだったんですけど、もう踊らないのかなぁ。

で、この四季の精たちのシーンは大好きな場面なんですけど、なんか今回あまりピンとこなかったんですよね。個々の踊りも全員揃って踊るところも。なんか前回までとは違うな、と。指導者が変わったのかなーと思いながら見ていたのですが、寺島ひろみ/まゆみさんのサイトによれば、この場面の指導はゲスト教師のドミニク・アントヌッチだったそうです。自分の感が凄いのかただの思い込みだったのか(笑)

時の精たちの踊りは今回も本当に素晴らしかったです。言葉を尽くして絶賛したい。先頭で飛び出してくる大和雅美さんのキレのよい踊りが全体を引っ張っているのだと思いますが、4列になった時に先頭にいる大和さん、難波美保さん、寺田亜沙子さんともうお一方(ごめんなさい!どうしても誰だかわからなかった...)それぞれが美しくキレよくまとめていらしたと思います。特に今回は3日間とも難波さんから目が離せませんでした。


2幕のマズルカも初日は「今までよりもっさりしてる?」とちょっと不満でした。両腕をアンオーにして肩を入れるというか、そういう動きをした時のラインがあまり綺麗に見えなかったのは私のいた位置が悪かったのかなぁ。でも、全体の動きはよく揃っていて良かったです。

王子の友人たち(江本/中村/陳/冨川)の並びは2年前の上演の時より粒が揃って(というか個々が輝いて)きたように見えるのは私の見方が変わったのかしら。充実してきたなーと思いましたよ。東バ公演とか行くと、新国の男性ソリストももう少しがんばらないとーと思ったりはするんですけど、主役や重要な役どころもまかされるようになってきて、顔つきやオーラが変わってきたんじゃないの、と。

あとはアレですね、ナポレオンとウエリントン。伊藤さんのナポレオンに再会できて嬉しかったです。貝川さんのウェリントンは市川さんや小笠原さんのより優しくて悪気ない風なのが個性ですね。楽しませていただきました。


カーテンコールでも代役の2人をはじめとしてカンパニー全体に大きな拍手が送られたことに胸が熱くなりました。私服に着替えたコボーも控えめに登場して、盛大な拍手が送られていました。

思わぬアクシデントがあった初日でしたが、そんな状況の中でベストを尽くしてくれた主演の4人には大満足だったものの、微妙に期待ほどでもない部分もあったりして複雑というか。たぶん、自分の中でイメージが出来上がりすぎてたんですよね。反省しつつ、この後の公演はまっさらな気持ちで観ようと決意したのでした。


なお、この後、レジュニナは他の出演日も正式に降板し、代役をさいとう美帆さんがつとめることに。さいとうさんは、2日3公演連続でコボー→マイレン→コボーとパートナーを変えて主演する事になり、本当に大変だったと思いますが無事つとめあげられたと伺って心からほっとしました。