2009年2月15日ソワレ NHKホール

クレジット

演出・振付・舞台装置・照明・衣装:ジョン・ノイマイヤー/音楽:レーラ・アウエルバッハ
指揮:サイモン・ヒューウェット/ヴァイオリン:アントン・バラコフスキー/テルミン:カロリーナ・エイク/演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

キャスト

詩人:イヴァン・ウルバン
人魚姫/詩人の創造物:シルヴィア・アッツォーニ
エドヴァート/王子:カーステン・ユング
ヘンリエッテ/王女:エレーヌ・ブシェ
海の魔法使い:オットー・ブベニチェク
魔法の影:ピーター・ディングル、マティアス・イアコニアンニ、ステファノ・パルミジアーノ


感想

公演を見てからもう2週間以上過ぎてしまいました。1度の鑑賞なので、ディテールを見逃したところがたくさんあります。熊のぬいぐるみなんて思い切り見逃してますから...。ノイマイヤーの作品は1度見ただけでも十分に胸を揺すぶられますが、1度では目に入らないところもたくさんある。見れば見ただけ新しい発見があるのだから、事情が許すならば可能なだけ多く見るべき。そうなんです。でも事情がねー、という訳で唯一の公演をただひたすらに見てきました。

席につくと、緞帳には「DIE KLEINE MEERJUNGFRAU 人魚姫」の文字。舞台の中央には、乳白色の大きな貝が置いてあります。この時点で「むむ、(舞台の)横幅広いなー。舞台上の全てを見るのはいつも以上に難しそうだー」と少し気落ちしました。


ノイマイヤーの「人魚姫」は、アンデルセンの原作にかの詩人とエドヴァートとの関係を重ねた作品。プログラムに記載されたノイマイヤーの言葉によると『「人魚姫」がアンデルセンが書いたものの中で一番自叙伝に近いと述べている人が多い』のだそうです。私はむしろ(原作の人魚姫よりも)ノイマイヤーが描いた人魚姫こそアンデルセンに近いと感じました。彼がコペンハーゲンに移った無鉄砲さとその後長らく苦労した様々の事が、人魚姫の境遇に重なる、と。

私が読んだのはアンデルセンが41歳の時に編んだ自伝の日本語版(1975年 改訳出版)に基づくイメージなので、原語やノイマイヤーが読んだものとはニュアンスが違う可能性も高いですし、長くなるのでこれ以上詳しくは触れません(バレエの感想から外れてしまうし)。興味をお持ちの方は岩波文庫から発売されている『アンデルセン自伝 - わが生涯の物語 - (大畑末吉 訳)』をどうぞ。

念のために申し添えておきますが、エドヴァートに関するアンデルセンの苦悩は一言たりとも書かれていません(時代を考えれば当然と言えますが)。アンデルセンは生涯4冊の自伝を出した(+1冊は死後エドヴァートの息子により出版)そうですが、この日本語版は最初の2冊を元にしています。前半は安定した創作活動に至るまでの苦労話、後半は旅行と交友録が中心。それによると、かの詩人はハンブルク・バレエのもう1つの上演作品「椿姫」の原作者デュマ・フィスとも面識があったそう。


さて、では本題に。
ノイマイヤーの「人魚姫」は、詩人とエドヴァート、人魚姫と王子、そして詩人と人魚姫というそれぞれ「異なる世界」の人たちの想いの差が幾重にも織り込まれていて、それが出てくる度に胸が揺さぶられました。たぶん王子と王女、人魚姫とその姉妹たちにも想いの差はあるのだけど、それは「同じ世界」の事(もちろんそれでも悲劇はたくさんあるんだけどー)。でも、違う世界の人にはどれだけ強い気持ちで想っても何もできないし手も届かない。その無力さが切なくて泣けました。

特に詩人と人魚姫の関係がねー。自らの創造物なのに、いつしか自分の手の届かないところで動き始め傷つく人魚姫に何もしてやれない詩人。人魚姫のブライズメイドのドレスのひだを丁寧に直してあげる詩人の姿が、私としては一番の泣きポイントでした(変かな?)。


ダンサーでは言うまでもなくアッツォーニの人魚姫が素晴らしかった。彼女の存在があまりに深く人魚姫と結びつき過ぎて、カーテンコールに出てきた時すら泣けてくるほどでした。海の中で体をくねらせ(黒子たちに体を支えられながら)優雅に、無邪気に踊る様子。地上での苦痛に満ちた生活。滑稽に見える佇まい。自分を異性として意識する事がない王子への痛いほどにまっすぐな愛情。悪魔から差し出された尾びれとナイフに対する懐かしさと恐れ...彼女の硝子玉のように綺麗で大きな瞳が、しばらく頭から離れませんでした。いや、今も忘れられません。

人魚姫は最初尾ひれがあって、その後1幕の間は裸足。2幕で閉ざされた部屋にいる間も確か裸足だったように思うのですが、ここは記憶が定かではありません。で、王子の結婚式の時、ブライズメイドの衣装を着たときに初めてポワントを履いて登場するんですよね。自らの想いを象徴する足を隠すんです。そしてそのポワントを脱ぐときは...(判りやすい演出ではあるんだけど)胸を締め付けられました。

もちろん詩人役のウルバンも素晴らしかったです。燕尾服姿で彼の美しいラインがほとんど見られなかったのは残念ですが、ラストシーンでアッツォーニとユニゾンで踊る姿の神々しい事。ああ、せめてあと1回、今回の来日公演で彼を見たかった...

王子役のユングの、見ようによっては鈍感で単細胞に見える王子の造形も、あれしかない程にハマっていました。そして王女役のブシェのエレガントさ。彼女の「女」っぷりは人魚姫とは対極にあって、しかも、どうしようもなく王子と同類。


ノイマイヤーの描いた海の世界はそれは美しかったです。どうしてもアッツォーニに目がいってしまうので、どこがどうという細かい部分は見られませんでしたが、ダンサーたちの動きは神々しく美しかった。地上の人たちがどこか滑稽に描かれているのとは対照的ですよね(でもその滑稽な地上の人の中で美しかったレヴァゾフくん〜)。あの海のシーンは舞台全体を見渡す位置からもう1度見たかったなぁ...

衣装などに日本文化の影響を多く取り入れている事は見て判る通り。長い袴のアイディアはとてもよいと思ったし、黒子たちがその袴をたくみに動かしアッツォーニをリフトすることで人魚姫が泳いでる!となるのは感心しました。そして、それをはぎ取られたときの人魚姫の痛々しさと非力さ、そしてアッツォーニの小柄さが強調される点でも効果絶大。隈取り風メイクの悪魔、オットー・ブベニチェクは力強い存在感。普通に踊っている分には全く怖くなくて異質だな、位。でも破壊力は凄かった。

暗喩も多く込められているようでしたし、私がこの作品から受け取ったものだけでも文章にするのはとても難しい。書き残せないいらだちはあります。でも、見られてよかった。見逃さずによかったと心から思います。願わくば、今後もなるべく頻繁にハンブルク・バレエには来日してほしいし、ノイマイヤーの作品を見る機会が更に増えますように。